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菫からの一方的な愛情に翻弄されただけで、情状酌量の余地は十分にある。羽菜に対する後ろめたい気持ちも渦巻いている。間違えて投函された郵便物を届けるだけで、何が悪いのだろうか。
頭を駆け巡る思考が、第三者への釈明に傾いた時、瀬川は304号のインターホンに指をかけた。
先端に力を籠める。想像以上に大きな音が出た。
「はい」
「……瀬川です」
返事はない。一体、何を話せばいいのだろう。
扉がゆっくりと開かれた。濱田菫が立っている。
「またサボりですか」
「今は昼休憩の時間ですから」
変わらず澄んだ声色に、これが単なる日常だと思わせてくれる。
菫は、羽菜には内緒なのか、訊いて来なかった。
沈黙を埋めるように、瀬川は内ポケットへと手を伸ばす。
「いつもの珈琲なら淹れられますけど」
茶封筒を見るでもなく、菫は淡々と言った。
「じゃあ、それをお願いします」
「分かりました」
待ち望んだ世界が、目の前に広がっていく。
封筒の綴じ目には『〆』と書かれていた。
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