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四.幸せになれ
_______「お兄ちゃん、聞こえる?
____ねぇ、お兄ちゃんってば!」
遠くから、声が聞こえる。
うるさくもあり、何だか懐かしい声だ。
その声にこれから対面していいのか、このまま消え去るべきなのか、困惑している俺がいる。
ゆっくりと、無機質な音が鳴り俺は画面を開く。
「お兄ちゃん……久しぶり。初めて私からコンタクトとったね。」
白い純白のドレスを着た女性。
でも、どんなに着飾っていても、見間違えることはない。
俺の妹がそこにはいた。
「小春か……。なんか久しぶりにお前の声が頭の中に聞こえてさ、画面を開いたら
『祝報告!お兄ちゃんへ』
なんて。
訳わかんないチャットの書き込みがあったからさ。
最後にお前とオンラインで会ったのいつだったっけ?」
「ちょうど、私が就職内定取り消しの時だよ。その時
喧嘩して、オンラインで会わなくなってから五年よ。」
五年か……。俺はこの五年間何していたんだっけ。
「小春、どうでもいいけどなんかそっちの世界華やかじゃないか。
お前の姿も含めて。」
画面越しに見えるのは
目がくらむほどのシャンデリアの光に、リズミカルな鍵盤の音色。
そして何よりも華やかで、ほんの少し大人になった
ウェディングドレスを着飾った妹の小春。
「お兄ちゃん……、実は、私結婚すんだ。」
「えっ。」
「今日が私の結婚式、そして新たな門出の日なんだよ。」
そういわれれば、小春もそんな年になったのか。
「だから、だから、もう大丈夫だよ。お兄ちゃん。」
「何が大丈夫なんだよ。」
「もう、私幸せだから、いつまでも、私達家族の事を見守ってくれなくても大丈夫だよ。」
キャンドルの炎が一瞬揺らめきを止めたように感じた。
「お兄ちゃんさ、自分が亡くなってからも、ずっと私達家族の事を心配してくれてたよね。そりゃ、はじめは私も驚いたよ。
何か家族の事で悲しい事がある節目の時に限って、カタカタと夜中にかってにパソコンの画面が光りだして。
『母さん元気か?』『父さんお酒のみすぎてないか?』
なんて、明らかにお兄ちゃんからのチャットだってすぐにわかったよ。」
「ば、ばかやろう、俺じゃねえよ。
ていうか、そんな心配なんかしてねぇよ!
でもまぁ、そうはいっても父さんや母さんは
大人だからな、そんな心配はしてなかったけど……。」
「けど、けど何よ、お兄ちゃん。」
あれ?俺死んでるけど、何か頬につたう雫が止まらない。
「お前はまだ小さかったからな、見てられなかったんだよ。」
そうつぶやく俺の言葉を食い気味で塞ぐ、小春の怒声。
「素直になれバカ兄!私の事が、一番心配だったんでしょ!
だから、だから死にたくても死にきれずにこうやって
何度も何度も私の前に!画面越しにあらわれて!」
本当の事を言うと、消えていきそうな気がして。
いや、俺はもう死んでいるから消えているのは当然なのか。
でも、俺の想いは勝手に心の奥深くから沸き上がり、
咽頭部を通って、口から今まさに出ようとしている。
小春、ごめ……ん。
その時だった、
「私が、私が助けてほしかったんだよ!一人で寂しい時、家族に何かあった時。空に向かってお兄ちゃんに呼びかけていた!お兄ちゃん!助けてほしいって!
そしたら、次の日、必ずパソコンの画面に届いてたよ。
お兄ちゃんからのチャット。
『何かあったか?』
ていう文字。
その度に、そのお兄ちゃんの命を感じる度に
そっちの世界とオンラインでつないだよね。」
おい、小春。
雫となって止めどなくこぼれおちる何かを、
全て拭いきれるような器用な俺ではない。
それは妹のお前が一番
分かっているだろう。
「あ、あのー……。」
その時、画面の端の方から奥ゆかしく表れた一人の青年。
白いタキシードを着ているというより着させられているといったような出で立ち。
「ねぇ、憲ちゃん、憲ちゃん。
この画面越しにいるのが、あたしのお兄ちゃんよ。」
光る目元を隠すように、小春が青年を紹介した。
「あぁ……、なんか逆に見えない分緊張するな。」
どうやらこの青年には画面越しに俺の姿は見えないらしい。
それよりも、この青年が小春の婿だということは一目瞭然で分かった。
「お義兄さん、お義兄さん聞こえますか?
私、篠塚憲一といいます。
この度、小春さんと夫婦になることになりまして。」
夫婦になるだと、小春と。
「えーと、えーと。」
「ほら、頑張って憲ちゃん。」
「はい、小春さんからお義兄さんの事はずっと聞いていました。いつも都合がよくて、自分勝手でって、あれっ、こんなこと言うはずではなかったんですが……。」
「もう、憲ちゃん何言ってんのよ!」
おいおい、こっちこそ、何聞かせてもらってるんだ。
死人に対して、悪口かよ。
それも、妹の旦那から。
これじゃ、心置きなく成仏できねぇよ。
「でも、でも、本当に小春さんの事を一番大切に思っている人だって。
そう、小春さんはお義兄さんのことをいつも自慢げに話してます。」
「……。」
「お義兄さん。これからは心配されないでくださいね。
僕が、一生かけて小春さんを守るーなんて正直、かっこいいことは言えませんけど、一緒に手を取り合いがんばっていきますので。」
新郎からのスピーチ。
今は亡き義兄に向けて、決して流暢とはいえないスピーチが終わった。
小春が改めて画面に呼びかける。
「お兄ちゃん、聞こえる?
ねぇ、お兄ちゃんってば!」
そこには、何も映っていない真っ暗なパソコン画面が一つ。
『馬鹿野郎、勝手にしろ。
でも、お前が幸せになってくれて本当によかった。
これからも元気に生きてけよ_____。』
それきり、俺はもう小春に会わない。
そんな気がして、
また暗闇の中に一人帰っていった。
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