強盗

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6個ほど小ぶりのみかんの入った袋、甘辛いたれがパックにべっとりついた焼き鳥を、男は持ってきた。機械に通すと、ピッピッっと軽快な音を立てる、男は一言もしゃべらなかった。 「合計で。598円になります。」 そう言ってキャッシャーの「小計」を確定すると、男の目の前のディスプレイには、値段が映し出されているはずだった。男の目線は、そのディスプレイに注がれている。しかし、反応がなかった。不思議に思い、「あの……」と控えめに声をかけると、ふと、男の瞳が揺れた。 「ヒッ…!」 男の後ろに並んでいた客が、のどを詰まらせたような悲鳴を上げた。男は、よれたジーパンのポケットから、小型のナイフを取り出し、その刃先を私の喉元に突き付けていたのだ。 「金をよこせ」 短く、男はそういった。数秒の間を開けて、私は言った。「できません。」反応が気に入らなかったのか、眉を吊り上げ呻くようにまた、「よこせ」とナイフを今度はほんとうに刺さりそうなほど近くまで突き付けた。 「あなたは、どうしようもないことで苦しんでいるかもしれない。お金が必要なのに、お金がなくて苦しんでいるのかもしれない。いまこの瞬間、あなたは脅迫罪という罪を犯しています。私が通報すれば、あなたには犯罪歴がつくでしょう。そうなれば、あなたはお金を得るどころが、別の何かまで失います。どうかお引き取りください。」 キャッシャーの取り消しボタンを押し、みかんと焼き鳥を袋に詰め、男の左手に持たせた。男は、ナイフをおろし、血の気の引いた顔で、何も言わずに去っていった。私は、去っていく男の姿を見ることもなく、またさっきのようにレジを打ち始めた。 「お金を渡しなさいよ!」 まただ。また、『強盗』だ。
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