トロイメライ206

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1度目  ある休日の昼下がり、私は自室のベッドで横になっていたのだが、少し眠ってしまったらしい。もう、夕暮れになってしまったのだろう。私は急いで起き上がり、気怠いながらもリモコンのスイッチを入れ、部屋の明かりを点けようとした。  だが、周囲は逆に暗くなり、何も見えなくなるまで暗転した。次の瞬間に目が覚めて、自分は今、夢を見ていたのだと気付いた。 2度目  私は改めて起き上がり、リモコンのスイッチを入れる前にカーテンを閉めようとした。夕暮れ時に、室内が明るいと部屋の中が外から丸見えになる。カーテンの中央をひっぱり、雑にゆさぶると、もどかしいながらもマグネット同士がくっついた。  次にリモコンをつけたが、蛍光灯ではなく、薄暗い常夜灯がついたため、おかしいと思い、もう一度ボタンを押してみた。ところが何度ボタンを押しても明るくならない。焦っているうちに目が覚めて、夢であったと気付いた。 3度目  同じ夢を立て続けに見るとは奇妙なものだと思い、今度こそリモコンを左手に取った。夢の中ではリモコンは灰色の箱型の何かにしか見えていなかったが、今度こそリモコンとして明確に見えている。ボタンの色と並びが私の記憶と違う気がしたが、私の勘違いかと思い、スイッチを入れた。それでも何も起きない。蛍光灯ボタンは緑色ではなかったか?これは灰色で、しかも電気がつかない。おやと思い、もう一度灰色のボタンを押すと部屋が明るくなったため、安心してカーテンを閉めた。カーテンもスムーズに閉まった。一安心したら体が重くなり、さっぱり自分の意志で動かせなくなってしまい再びベッドに横になってしまった。今の一連の動作は夢であったと気付いた。 4度目  さすがにこんな夢を繰り返し見るはずがないと思い、前3回の夢よりもはっきりした意識でもって起き上がって、これは夢では無いと自分の頭で考えた。普段のようにリモコンを探し、ボタンを押すが、辺りは暗くなってしまったので、これも夢なのかとだるくなった。まるで、先日SNSで「芥川風」と書き込んだばかりに深層心理が記憶してしまったのかと考えながら、枕もとを探り続けるのだが、この夢から覚める気配がない。 n度目  何度目だかわからないが、覚醒することが重要である、だから身体を起こすのだと思ったが身体が起き上がらない。しかし、それは逆に今度こそ覚醒しようとしているのだと確かな手応えを得た。  なんとか起きようとして、身体がベッドから落ちそうな姿勢になってしまっているのに金縛りのように動かない。このまま、寝ぼけて転がり落ち、怪我をしたのでは恥ずかしいからと必死で身体を動かそうとするが、どうにもうまく動かない。もがくように動きながら、ようやくベッドの上に安定した姿勢で戻ると、安心したためか眼を閉じてしまった。 最後  今までの不思議な夢はなんであったのだというようにすんなり起き、リモコンも見つかり、身体も自由に動く。さて、それではカーテンを閉めようとしたが、網戸が少し空いていた。何か虫が網戸についている。よくよく見るとそれはオオヒメグモであり、私は外へ出してやろうとした。ところで、さらによく見ると、先程は小さなクモだと思ったのに、実はこの脚の太さ、マダラ模様、これはタランチュラだと気付いた。タランチュラと言ってもどの種類であるかわからない。必ずしも全てが人間を殺すような危険なものでも無い。ただ、私もそこまでの専門家ではないから、警戒はせねばなるまいと感じ、ホウキを使って慎重に追い出すことにした。  本当は窓から出したかったが、こいつは部屋の中央に逃げてしまったから、玄関から追い出そうと方針を変更した。突如、弟が訪ねてきた。 「あれ、あれだから、出すから!」と私が慌てているが、そんなものは訪問した側からすれば理解もできぬこと、呆然としているので、 「毒蜘蛛だから、ホウキ!」と叫んだ。とりあえず緊張感は伝わったようで、なんとか玄関口までクモを誘導し、最後の一振りでなんとかあいつを外へ放り出した。  すると外で警察がこの騒動を監視しており、クモが見えなくなった頃、ようやく 「あなた方はここにどれくらい住んでいるのか?」と聴くから、 「2年です。それが何か?」と苛立ちをぶつけるように応えた。 「あなたは狙われているから、警告に来た。他の殺し屋にもよく注意する様に」と言い残すとパトカーに乗って、警官は行ってしまった。  怖くなったのでもう一度窓を見ると、先ほどのより小さいが、やはりもう1匹いる。弟が、 「ごめん、俺が窓開けっ放しにしていた」と謝るが、原因はこの際どうでもよく、次の恐怖を取り除かねばならなかった。先程は毒蜘蛛である確証がなかったが、警官の忠告からすると、間違いなく毒蜘蛛であろう。気をつけて誘導するが、またもや部屋の中央に逃げられたため、同じく玄関から逃すことにした。冷静に考えれば今度こそぶち殺すのが正解だと後で気付いたが、その時は逃がしてやろうという気になっていた。ところでそのクモが玄関近くで私のお気に入りの、アザラシのぬいぐるみに触れてしまった。私は「早くクモをどかしたい」と思ったが、なんと弟が横からぬいぐるみごと踏みつけて殺してしまった。 「クモを潰さず逃がしてやろうとしてたから、わざわざ苦労していたのに」と弟を責めたが、弟は「それはわるかったけど、それなら……」と父に苦言を呈するときの決まり文句を言った。  やがて弟がスマホの、Bluetooth接続のスピーカーの調音を始めたが、私は過敏になっていたので 「やめて、すぐにやめて」と頼み、 「今、本当に呼吸が苦しい」と叫び、ヒステリックにスピーカーを奪った。よくよくスピーカーを覗き込んだら今度こそ、正真正銘、自分は目が覚めて、今までの出来事全てが夢であったと気付いた。
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