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「ここから早く連れ出してよ。」
茜射すあの教室でそう訴えかけるような目で君は僕を見ていた。
「ごめん……」
そう告げるしか無かった。
僕にだってどうしたらいいのかなんて分からない。幼い頃、あれだけはっきり見えた世界が今ではぼやけて見える。
この世界はどうやら僕らに焦点を合わせてはくれないらしい。
そんな至極当然な事実に今更になって僕はようやく気付かされた。
時間や世界は休むことなく僕らが追いつけるはずのないスピードで後ろを振り向くことなく走り去って行く。
それでもあそこに追いつきたい。
そこから見える景色を見てみたい、とその光を追い求め、必死に必死に走っていた。
何度躓いても、何度壁にぶち当たっても、何度だって立ち上がったさ。
いつかこの僕の奮闘と堪忍がこの世界に認められる日がきっと来るって信じてたからね。
でもね、そんな甘い世界ではなかったんだ。何度挑んでも跳ね返され、邪魔者扱いされた。
それはまるで僕の存在自体が世界に拒まれたかのようだった。
おそらくその頃だっただろう。
僕が「全力」の出し方を忘れてしまったのは。
このままでは、自分の心の真ん中に常に置いていたものが転がり落ちてしまう気がして、僕は世界を見るのを辞めたんだ。
それはいつしか僕と世界との間に巨大な壁を築き上げ、僕は世界に取り残された。
でもあの日、君はその壁をいとも簡単にすり抜けてまるで最初から壁なんてなかったかのようにやって来て、僕にこう言ったんだ。
「君は照らさぬ月のようだね。」と。
「は?」
突拍子にやって来てそんなことを言い出した彼女の言葉の意味が最初は全く意味不明だった。
「月が自分から光ることはないよ。」
と僕は言う。
「だけれど君は夜空の綺麗を知ってる。」
君のその言葉にはっとして思わず涙が溢れてくる。
違う、僕は世界に取り残されてなんかない、世界が僕を見ていないのではない。
僕が世界から目を逸らしていたんだ。
それに気づいた瞬間僕が壁だと思い込んでいたものはいとも簡単に崩れ去り、自分の目に世界が、景色が、鮮明に映し出された。
教室の窓から見えるその夕焼けは僕に世界の始まりを伝えているかのようだった。
そして、また涙がどっと溢れてくる。
ペットボトルを握りしめていたことに気づき、蓋を開けて口に流し込んだ。
涙と混ざったその水はいつもより甘く感じた。
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