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僕は唐揚げを頬張った。衣がザクザクで、中から弾力のある肉とジューシーな脂が溢れ出す。少しだけつけたマヨネーズの風味を流し込むように、湯気が立ち昇る白米を掻き込んだ。 「そうか、和哉も3年生か。早いもんだ。」 前に腰掛ける父は小さなお猪口を傾けて日本酒を口に含ませた。大袈裟なため息をついて、上機嫌に言う。 「俺が高三の時は荒れてたからなぁ。誰が一番強いのか、とかな。」 「パパ、それ本当なの?毎回毎回不良だったみたいなエピソードばっかりだけど。」 隣に座る姉はスウェットに着替え、小さなグラスに入ったビールを飲み干す。これだけアルコールが行き交っているのだから、空気に混じって僕も飲酒していることになるのかもしれない。 「あら、お父さんの昔の写真見たことない?凄かったのよ。癖っ毛なのに無理してリーゼントにしたり。ねぇ?」 「そうだぞ。暴走族なんかも多くてな。うちのクラスだけで10人はいたのかな。」 「物騒な高校だね。夜中には窓割れてるの?」 「それがさ、本当にあったんだよ。俺もその現場見た時はテンション上がったなぁ。それから尾崎にハマったんだけどさ。」 僕の言葉が挟まれる隙間はなく、望月家の夕飯は進んでいく。アルコールは口数が多くなる作用でもあるのだろうか。小学生の頃から使っているアニメの柄がプリントされたコップを持ち、麦茶を啜る。香ばしい茶葉の匂いが鼻先を掠めた。 「尾崎は良かったぞー。今はなんだ?やたらとポップなアイドルばっかりだけどさ、その当時はちょっとピリついてたもんなぁ。あの空気感は、もう出てこないだろうな。」 「それからお父さん、ギターも始めたりねぇ。」 「おっ、そうだ。和哉が大学受かったらギター買ってやろうか。最初はエレキじゃなくてアコースティックになるけど。」 会話の矛先が突然僕に向くものだから、家族の会話は気が抜けない。大人たちが勝手に進めているように見えて、いつの間にか僕も混じっているのだ。それはお酒が進んでいると尚更だった。 「でも僕、コードとか分かんないよ。」 「いいんだいいんだ。俺が全部教えてやるから。」 「ユーチューブで学ぶでしょ、そういうのは。」 「いや、直接の指導じゃないとダメだ。サザンにユーミン、ミスチルなんかもいいぞぉ。」 夢が膨らむな、と言って父は日本酒を1人で空けた。冷蔵庫まで行って缶ビールを取り出す。ちらりと見ると父の顔は茹でた蛸のように赤い。 ここがいいタイミングだろう。 おそらく父はこれから会社の愚痴を話し始め、部下がしっかりしていない、センター長がいい加減だとぼやき始める。それに相槌を打ちながら付き合う母に、さっさと食事を済ませて自室に帰る姉。そんな一家団欒の時間が想像できた。 「ねぇ、2人とも。ちょっといいかな。」 うさぎが丸まった箸置きに、脂で光る黒い箸を乗せる。 「お、なんだ。欲しいギターでもあるのか。」 「和哉、そういうのはちゃんとお父さんと一緒に買いに行かないとダメよ。楽器屋さん行ったって分からないでしょう。」 「はぁ。ごちそうさま。ママ私先お風呂入るよ。」 「僕はゲイなんだ。」 リビングにピアノ線の様に張り詰めた空気が漂う。あれだけ飛び交っていた言葉は止まり、アルコールだけが揺蕩っている。最初に聞き返したのは母だった。 「い、今なんて言ったの?」 顔を上げると、全員が豆鉄砲を食らった様な表情を浮かべている。それでも僕は引き返すことなく続けた。 「僕には彼氏がいる。付き合ってもう10ヶ月になる。僕はその人と、生きていきたいんだ。」
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