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2
2年A組は既に活気に満ちていた。大勢の生徒たちが浮島のように分けられた机の間を泳いでいる。教室に入るなり、シュウは相楽祐樹の元へ向かった。僕の席からは離れているものの、彼の悲痛な声はクリアに聞こえる。
「ユキ、古文のプリント見せて。頼む。」
ワックスで短い黒髪を掻き上げているユキは、細いフレームのメガネを直した。学年で一番の秀才はシュウを見て言う。
「俺のプリント写したら先生にバレると思うよ。どうして高山にこのプリントが解けるんだって。」
「偏差値差別すんな。俺は出来たって胸を張るぞ。」
鞄を置き、僕らは自然とユキの机の周りに集まっていた。彼をユキと呼び始めたのは1年生の時に同じクラスだった僕だった。
「じゃあ…からべんで手を打たないか。」
「お前もそれ言うのかよ。」
秀才も腹が減る。あのジューシーな唐揚げがそのまま偏差値に加算されるのであれば、僕は1日にからべんを3つは平らげるだろう。
「はいはい諸君、朝から集まってどうした。」
後ろの扉を勢いよく開け、ふくよかな体型の坂口博昭が入ってきた。ユキの後ろの席にどかっと座る。岩に毛が生えたような坊主頭を摩りながら彼は身を乗り出した。
「ああ、もうこの際グッチでいいや。古文のプリント見せて。」
明るく陽気で、なおかつ大食いであるためグッチ裕三からあだ名を拝借したと、名付け親のシュウは話していた。彼は太い指を3本立てて言う。
「あれか。からべん3つで写してもいいぞ。」
「お前らさ、自分で買いに行けよ。大体あんなカロリー爆弾3つも食うなんてお前どうかしてるよ。」
ため息をつくシュウに、僕は彼の肩を叩いて言った。
「僕は無償で見せてあげるよ。」
振り向いた彼の表情は笑ってしまうほど輝いていた。
「持つべきは友だな。見して見して。」
はいはいと言って自分の机に戻り、鞄の中からプリントを抜く。シュウは貢物を受け取るかのように両手で紙を取った。
「おお…よし、カズには今度からべん奢るわ。」
「結局買うなら全員分買えよ。」
そう言うグッチの頭を叩くと、妙に乾いた音が鳴った。
「石頭だなお前…ああ、そういえばこの救世主カズ様さ、下駄箱に呼び出しの手紙が入ってたんだよ。」
そう言うと5人の空気は一変した。鋭い目でグッチは僕を睨む。普段の行動はゆったりとしているが、こういった時の俊敏さは長けていた。
「カズ。俺に見せてみろ。」
「嫌だよ。普通に放課後来てって手紙だから。」
無意識にポケットを守る。抗議の声を上げるグッチを尻目に、メガネの位置を整えたユキは冷静に言った。
「今時手紙で呼び出しなんて、随分古典的だね。でもLINEで呼び出せば普通にバレるか。」
「そこがあれだろ、エモいってやつなんだろ。」
言葉の意味も分からずにグッチは言う。彼の口からその言葉を聞いたことがやけにおかしくて、僕らは声をあげて笑った。
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