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「なぁ、さみーよ。ラーメン食いに行こうぜ。」
「いいじゃん。こういうところ来たかったんだもん。」
クリスマスイブ当日の表参道は人の体温が詰まっている。時折きつく吹く風に撫でられ、僕らは身を縮めてイルミネーションの下を歩いていた。
「カズがロマンチストだったとはな。こんな光見て何が楽しいんだよ。」
そう言いながらもシュウは時々携帯を取り出し、何枚か写真を撮っている。人工的な光で彩られた並木を収めている彼は、終始笑顔であった。
1991年から始まったと言われている表参道のイルミネーションは、明治神宮から始まって青山通りまで続いている。ガラス張りのアップルストア前を通って、横断歩道を渡ってから来た道を引き返していく。そんな人混みの中で感じたのは、同性のカップルも非常に多いということだった。
溶け込むのではなく、ただそこにいる。東京の都心部は良い意味でも悪い意味でも、他人には無関心なのだろう。僕らにとってはそれが心地よかった。
この世界にいることを否定されない。辺りを埋め尽くす燦然としたイルミネーションが祝福してくれているようだった。
表参道を抜け、代々木競技場近くの歩道橋を上がっていく。橋の上で立ち止まったシュウは黒革のジャケットから携帯を取り、僕の方を見て言う。
「おい、カズ。ここから見たらすっげー綺麗だぞ。」
クリスマスイブは都内のイルミネーションを見に行こう、そんな在り来たりとも言える提案に、シュウは最初面倒臭がっていたが、この場所を提案してくれたのは彼だった。
何枚も写真を撮影しているシュウの隣に立つと、表参道の入り口を照らす光の粒に、車のヘッドライトやブレーキランプが辺りを照らしているのが見えた。
「カズ。ありがとうな。」
携帯を仕舞い、シュウは首に巻いていた白いマフラーに鼻先を埋める。僕とゆっくり視線が合うと、彼はどこか安心したように笑った。
「いやさ、お前と付き合ってなかったら、こんなにすっきりした気持ちにはならなかったって思って。」
「何、この流れ。告白?」
「バカ。しただろ。そうじゃなくてよ。」
そう言って橋の淵に背を預ける。眩いイルミネーションを浴びる彼は、ワックスで整えた金メッシュの毛先をいじった。
「カズがいてくれたから、俺はありのままでいられるんだ。ありがとうな。」
照れながらもシュウは言う。思わず頬が緩んで、僕は彼の隣で表参道を見下ろしながら呟いた。
「僕こそお礼を言いたいよ。」
「何だよ。俺は何もしてねーよ。」
「ううん。言いたいことを言ってくれて、ありのままを見せてくれて、それで何よりもさ。好きな人と過ごす特別な日がこんなにも幸せなんだって。それまではクリスマスの恋人なんて、って思ってたけど。今日初めてこんな素敵な季節なんだって知った。人と向き合う真面目さも、誰かを好きになる苦しさやもどかしさも、全部シュウが教えてくれた。」
ちらりと横を見る。またゆっくりと視線が合った。
「ありがとう。シュウ、好きだよ。」
「おいおい、例文みたいな事言うなよ。」
シュウも同じ気持ちであるという事は、聞かなくとも分かっていた。自分からは好意を求めているのに、いざ言葉にすると彼は照れて何も言わない。なんだかそれが可愛らしかった。
「じゃあ、これやるよ。」
黒革のジャケットの内ポケットから、シュウは細長い黒の箱を取り出す。白いリボンが箱の表面を彩っていた。
「ほれ。メリクリ。」
「え、すごい。シュウの方がロマンチックじゃん。」
「うっせーな。」
「ありがとうね。開けてもいい?」
頷いたシュウを見てから、ゆっくりとリボンを解いていく。黒い蓋を開けるとその中には、白いクッションに収まった銀色のネックレスがあった。
「そこのブランド、結構人気なんだ。カズに似合うと思って。」
細い銀色の鎖の下には、小さい十字架のようなものがキラリと光っている。僕はすぐにそれを取り出して自分の首に通した。
「どう、似合うかな。」
「そりゃ俺のセンスだもん。バッチリ似合ってるよ。」
白いニットのセーターの上で、銀色のネックレスが光る。僕はモッズコートのポケットの中を探って、掌に乗るサイズの箱を取り出した。
「じゃあ、これは僕からね。」
時間をかけて蓋を開ける。その中の物を見てシュウは目を見開いた。
「えっ、何。指輪じゃんか。」
「姉ちゃんにオススメされたんだ。婚約指輪じゃないよ。」
「分かってるわ。」
そう言ってからシュウは人差し指をこちらに差し出す。一体何のことか分からずに僕は首を傾げてしまった。
「ん。」
ぐっとこちらに指先を向ける。
「何?爪?」
「ちげーよ。指輪なんだったら、俺の指に嵌めてくれよ。そこまでワンセットだろ普通。」
思わず笑ってしまった。わがままを言う子どものように見えて、小さなため息が漏れた。
「仕方ないなぁ。」
箱から取り出した指輪は銀色で、表面にはチェーンが巻かれている。直感で購入したものだった。
男性にしては細くて、少し骨張った人差し指を持つ。以前まではタバコを挟んでいた指。僕の癖っ毛を何度も掻き混ぜた指。指輪を嵌めていく最中に数ヶ月の思い出が蘇った。
するりと人差し指の奥に嵌まっていく。シュウは右手を前に掲げると、口元の緩みを抑えられなかったようだ。
「ああ、良いなぁ。サンキュー。」
「ねぇ。今寒い?」
「え?まぁちょっとな。」
「やっぱり。シュウの鼻真っ赤だもん。イチゴのショートケーキみたい。」
「トナカイじゃねぇのそれ。」
僕らはそんなことを繰り返しながら、歩道橋を降りてもなお笑い合っていた。ゲイであることに苦しんだり、葛藤があったり、決してこの数ヶ月は順風満帆ではなかっただろう。だからこそ今こうして、何も考えずに笑っていられる日々が楽しかった。
だが、僕にはまだ乗り越えないといけない試練がある。
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