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濃い海色のマウンテンバイクに跨り、勢いよくペダルを踏み込む。細い車輪がぐるりと回って僕は住み慣れた町の風を浴びた。5月の暖かな陽気が肌を舐めていく。 僕らは3年生になった。 母は大人びたと言い、父は髪が伸びたと言い、姉は何も変わっていないと言っている。僕自身もどこが変わったのかは分からなかった。少しだけブレザーが小さくなった気がする。 大通りを曲がって一本道に入ると、丈の大きなブレザーに身を包んだ1年生たちが校門に吸い込まれていくのが見える。その初々しい姿が可愛らしく思えた。 駐輪場に滑り込むと、原付のバイクを指定のスペースに停めているシュウがこちらに気が付いて手を振った。 右手の人差し指には銀色の指輪が光っている。 「おはよう、今日早いね。」 僕とサトシがマウンテンバイクを停めていると、シュウは少し伸びた髪を掻き上げてから言った。 「いやもうオールだよ。寝てねぇからさ。」 なんだかちょっとだけ幼さが減っているように見えたが、デートの時に可愛らしい一面は何度も目にしていた。 「3年生にもなって寝てない自慢はやめとけって。」 「サトシ、こんな俺でも受験勉強しないといけねーの。そりゃ眠れねぇよ。」 ほんの少しだけ背が伸びたサトシの言葉に、シュウは自分に呆れた様子で答える。下駄箱で上履きに履き替え、3年生のフロアに向かう。廊下の真ん中で太った背中が見えた。 「おーい、グッチ。」 サトシの声にすぐさま反応したグッチは、悲しそうな表情で僕らに駆け寄った。 「お前ら遅いよ。孤独で死にそうなんだよ。」 「いいんじゃねぇの。痩せるかもよ。」 僕ら5人は別々のクラスになった。ユキとサトシはB組、僕とシュウはA組、そしてグッチだけはD組に割り振られている。新学期を迎えた日の帰り道、デブだからD組になったと言ったシュウにデコピンを浴びせていたグッチだった。 「でも勉強に集中しやすい環境ではあるでしょ。栄南国際大学に行くんでしょ?」 「おうよ。絵美さんとのキャンパスライフのためには、栄養より偏差値だ。」 「とはいえ太ってるけどな。」 朝早くから言い合うシュウとグッチを見て、僕らはいつものように笑っていた。誰も僕の心の中にある信念には気付かぬまま、予鈴が鳴った。
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