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「えっ、言ったの!」
シュウの叫び声がファストフード店の2階に轟く。勉強している女子高校生2人組がこちらをキッと睨みつけていたが、僕はその視線を感じながら頷いた。
「ど、どうだったよ。」
フライドポテトの脂でべたべたになった指を掌で叩き、グッチは言う。サトシはハンバーガーを持ったまま、ユキは英単語帳を片手に、皆身を乗り出していた。
隣に座るシュウはストローを噛んで、僕の言葉を待っていた。
「もう、大荒れ。父さんはあの後慣れてないウイスキーまで飲みだして、あまりにも酔っ払って仕事に遅れたし、母さんに至っては2時間もお風呂に入って、その後コンビニでおでんを買ってきて貪ってた。」
「ケイオス、だね。」
「何だよそれ。」
「カオスの正しい発音。」
得意げにユキはそう言うものの、皆どっと疲れた様子でため息をついている。
「え、何この空気。僕滑った?」
「笑い話にもなってねーよ。明らかに家族皆動揺してんじゃん。」
グッチの言葉にただ頷くことしかできない。それでも僕は胸を張って続けた。
「でもさ、思ったんだ。後々発覚するよりも最初から言っておいた方がいいって。多分だけど、子どもから先に言ってくれた方がまだ安心するのかなぁって。」
「そうは言ってもなぁ…心の準備が出来てねぇだろ。俺とユキだってお前らにカミングアウトされた時、すげービックリしたんだから。」
「でも、俺はカズに賛成だな。言わないまま過ごしていずれバレた時に、隠してたって事実が生まれるでしょう。相談してくれなかったってことにショックを覚えるんじゃないかな。」
「確かにそうだね。カズのお父さんもお母さんも優しいから、大丈夫だと思うけど。」
サトシはそう言ってからハンバーガーを齧る。僕は昨晩のリビングを思い出していた。17年間過ごしてきて見たことがないほど取り乱していた両親、今朝もろくに会話はできなかった。
「ていうか、問題はカズの両親が応援してくれるかどうかでしょ。どうなのそこらへんは。」
英単語帳を置いて、バーベキューソースをつけたナゲットを頬張りながらユキは言う。僕は一度だけ頷いてから、窓の向こうを眺めた。通りを挟んだ前のビルに立つ、地鶏を使った居酒屋は午後5時から開店するらしい。
「応援するとか、そういう一言はなかったなぁ。だからこれから話し合っていかないといけないんだと思うよ。」
「まぁな。僕はゲイです、はいそうですか、ってわけにもいかねーよな。しかも家族なわけだし。」
魚の肉を使っているというハンバーガーを頬張り、レタスの食感を味わいながら僕は考えていた。この世界、全てがそんな風に簡単に進んでいったらどうなるのだろうか。誰も疑わない、誰も考えない、皆簡単に受け入れてくれる世界。でもそんな世界で人の本音は正体を現すことなく消えていくだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、黙り込んでいたシュウが突然立ち上がった。椅子を引く音がして、また女子高校生2人組が僕らを睨みつける。
「な、何。どうしたのシュウ。」
「カズ。挨拶、行かせてくれないか。」
少しだけ考えていたことだった。シュウを紹介して、家族に受け入れてもらう。授業中にも同じようなことを思っていたが、果たしてうまくいくのだろうか。そんな僕の不安を代弁するかのようにグッチは、油まみれの太い指先を彼に向けた。
「シュウ、俺たちに告白する時に緊張してたのに、カズの親にきちんと話せるのかよ。しどろもどろになって終わりそうな気がするけど。」
「いや、でもやるしかない。お前らに言うのだっていずれはと考えてたわけだから、覚悟ぐらいとっくに決めてるよ。」
そう言ってシュウはボタンの開いたシャツを拳で叩くと、深く息を吸った。
「お、俺、頑張る。」
既に緊張していると、僕ら4人はすぐに理解した。しかし彼の覚悟を無下にすることはできず、僕は苦笑しながら頷いた。
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