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まな板に包丁が当たる音が聞こえる。今日の夕飯は望月家では定番となっている、自家製のタレを使った唐揚げに、牡蠣の炊き込みご飯。父の職場の後輩から貰ったという赤味噌を使用した味噌汁のラインナップだった。
僕は玄関の扉に体を預けたまま、目の前に広がる奇妙な光景を見ていた。
「なるほどな、ここはあえて純正か。渋いな。」
「正直もっといいパーツはあると思いますけど、こっちの方がいいっすよね。」
「正解だよ。いいセンスだ。いやぁ、やっぱりスーフォアは何だかんだ言って王道でいいよなぁ。」
瀧澤さんから貰ったスーフォアの前で、シュウと父は肩を並べてしゃがみこんでいる。2人がバイクのカスタムについて話し合い始めてから既に30分が経過していた。
一体どういう状況なのだろう。もう首を傾げることもなかったが、それでも意味は分からない。すると背後から姉の声がした。
「和哉、これ。」
部屋着に着替えた姉は手に白いアルバムのようなものを持っていた。それの真ん中を開くと、ある写真を指差す。
そこには若かりし頃の父が写っていた。やけに厳ついバイクに跨って、ボタンを全て開けた学ランを羽織りながらカメラにピースサインを向けている。17年間家族として過ごしてきて初めて知る父の姿だった。
「父さんもバイク乗ってたんだ…。」
僕の言葉に気が付くと、父は姉の手からアルバムをふんだくった。まるで宝物を手に入れたかのように抱えて、アルバムをシュウに見せる。
「どうだ、これが俺の愛車だったんだよ。」
「えっ。緑のZ400FX…モリワキのポイントカバーじゃないですか!BEETカバーだし、しかもこれ川口シートですよね?シートもめっちゃ渋いっす!」
「おお、よく分かるな!やっぱりこのテールカウルには白の革だよな!」
意味の分からない単語が飛び交う。一体どういうバイクが渋くて良いのだろうか。しかしもう首を傾げるのは辞めた。
「いやぁ、いいな。またバイク乗りたいなぁ。和哉はまるで興味がなくてな。」
あまりにも2人が微笑ましく見えたのだ。思わず頬が緩んで、バイクについて語り合う彼らを残して僕は家の中に戻った。
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