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無言の涙
次の朝 俺は 引継ぎの若い青山医師に 俺の知りうる限りの情報を伝えた
青山医師は 雅也の姿を 一目 見るなり
「無理 無理 僕には 無理ッス ヒゲ先生 できるだけ早く戻って来て下さい お願いします 時給1万 僕がプラスしますから 夕方までには絶対 戻って来て下さいよ」
と 不安そうに言った
俺はヒゲ先生と呼ばれている
背が高く 骨ばっていて 毛深く ヒゲをはやしているので どちらかと言えばゴリラ系だと思ってはいたが 雅也は 比べ物にならない
「わかった とりあえず 少しでも様子が変わったら連絡してくれ 俺も心配だから 家に帰らず仮眠室で寝てるよ」
俺は疲れていたのか 午前9時から眠り 目が覚めたのは午後4時を回っていた
慌てて支度をして 雅也の部屋へ行ってみた
雅也は 目を覚ましていた
妻の愛奈は 雅也の胸に 頭をのせて眠っていた
「具合は いかがですか?」
俺は 雅也の目を見て 心して 丁重に尋ねた
雅也は ジーーーッと 俺の目を見つめていたが 言葉を発することはなかった
病室は寒くはないが 眠っている妻の愛奈は 半袖のTシャツ一枚という姿だったので 俺は 病室の棚の上に用意されていたバスタオルを 彼女の背中を包むように そっとかけた
「僕は 担当医の 西 と申します よろしくお願いいたします 奥さま の 愛奈さん 昨夜は一睡もせず あなたの手をさすっていました 本当に愛し合ってるんだなあ と 感動しました きっと 奥さま お疲れでしょうから 少しでも ゆっくり眠れるといいですね 雅也さんは軽い脳梗塞を起こしかけていました 奥さまが 素早く行動して あなたの容態が ごく軽いうちに処置できましたので 大事に至らずに済みました 若いのに しっかりした奥さまです どうぞ奥さまに感謝なさって いつまでも大切にしてあげて下さいね 雅也さんは もう大丈夫です 多分 このまま快方に向かうと思いますが 念のため2~3日様子をみましょう 何か不安なことがあったり どこか痛いとか 痺れるとか 少しでもおかしいと思ったら 遠慮なく おっしゃって下さい」
俺は 一般の患者さんと同じように そう説明した
黙って 俺の話を聞いていた雅也は 何も言わない代わり ポロッ と 涙を流した
左腕に点滴をしている雅也は 右腕で しっかり 妻の愛奈の身体を支えていた
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