雅也

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雅也

雅也は若いので すぐに回復し 一週間様子をみた後 退院させた それから五年後のある日 雅也と愛奈は生まれたばかりの赤ん坊を連れて 俺を訪ねて来た 初め 彼らが誰なのか わからなかった なぜなら 雅也はゴリラじゃなくなっていた 雅也は 俺の目を見て 「先生 その節は大変お世話になりました」 と 普通に言葉を話し 深くお辞儀した 「俺は あの時 予感していたよ 君はきっと 少しずつ変わると・・・」 「僕にはわかりました 先生が あの時 愛奈に 僕とのことを 話させた理由 愛は一番の薬だと言って下さったこと あの夜 愛奈は 自分が肉を食べさせたことで僕を病気にしてしまったと 嘆いた だけど それなら 僕はもっともっと深い罪を犯していた 先生はそれに気づいていたんですね 僕は幼い頃から両親に虐待されていました 叩かれ 蹴られ タバコの火を押しつけられる毎日 泣き叫べば さらに激しく殴られて 僕は声を出さないように気をつけているうち やがて声を失った 幼い子どもが 反抗できる訳もなく 僕はいつしか 強い衝撃に耐えられる頑丈で毛深いゴリラような体になれたらと 願うようになった アレは僕の心と体の隠れ蓑だった 家では虐待され 学校でもイジメられる毎日 僕に希望なんかなかった 硬い殻に閉じこもりたい気持ちは 僕をますますゴリラに近づけた 愛奈は どうしてか僕を大切にしてくれた 僕があんまり(みじ)めだから同情してくれているんだと思った けれど 愛奈だっていつか こんな僕から離れて もっとステキなカレシを見つけると思っていた 美人で優しくて 頑張り屋で 非の打ち所のない愛奈が いつまでも僕のそばにいる訳がないと思った それなのに それなのに・・・」 雅也は涙があふれて語れなくなった 愛奈も隣で泣いていた 二人の愛の結晶 目のキラキラした赤ん坊だけが 俺に笑いかけてきた 愛奈があまり泣くので 雅也は愛奈の腕の中から赤ん坊を取り上げ 愛しそうに頬ずりしながら 言葉を続けた 「あの晩 僕は深く反省した 僕一人では生きていけないからと 何もかも自分で頑張ろうとしている愛奈の決意を知り 本当に ありがたくて申し訳なくて 自分が情けないと思った イヤなことから逃げることばかり考え 自分一人 殻に籠って守ろうとしていたものは自分の弱い心だけだと気づいた でも愛奈は 自分の人生をかけて僕を守ろうとしている ああ 僕はなんて恥ずかしい人間だ 僕は変わりたい この情けない殻を脱ぎ捨て 自分一人で何でもできる人間になりたい 愛奈を支えることのできる人間になりたい 愛奈が僕を大切にしてくれた何倍も 僕は愛奈を大切にしたい 愛奈のすべてを あたたかい愛で包みたい 心から そう願いました あの晩 先生は僕に 愛奈さんのフォロー よろしくな と 言って下さいました 僕は その時 決意しました きっと永遠に愛奈をフォローできる人間になる 永遠に二人仲良く愛し合って眠れる平和を 僕が作らなきゃダメだ! 先生の優しさは 僕が それまで受けたどんなパンチより ヒットしました! 閉じこもっていた心の殻は 粉々に砕け散りました あれから僕は人間らしさを取り戻し 一人で頑張ってきた愛奈に 今 少しずつ 恩返ししています」 「無理するなよ!」   完
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