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 東の空がうっすらと青くなる頃、バスターミナルに到着した夜行バスがひとりの男を吐き出した。ターミナル周辺は除雪こそされているが、ところどころアスファルトに亀裂が入り盛り上がっている。吐き出された男はその亀裂と凍った路面に足をとられながら、これもブロックのめくれた歩道を歩く。数十メートル先の正面にはかまぼこ型の新幹線の駅が煌々と白い灯を放っている。 男はコートの襟を立てて白く眩しい灯を見つめたが、何かを振り払うように頭を左右に振ると、そのまま駅前にある乗り合いバスの停留所にむけて歩いた。湿った風に乗ってどこからともなく運ばれてくる雪が男の黒いコートにへばり付き小さな染みとなってやがて消えてゆく。 県有数の温泉郷を有する町の玄関で新幹線停車駅にしてはいかにも鄙びている。土産物屋のシャッターは降りている。降りたままなのかもしれない。 「相変わらずシケた町だ」  男は空を仰ぎながらつぶやいた。 「家族のことは心配しなくていい」と社長室に呼び出された男は仕立てのいいスーツを着た男から言われた。横には直立不動の姿で役員やら何やらが立っている。家族というのは俺の妻と子供のことだろう。実家の両親は数に入っていない。できるだけのことをしてやらなくては、漠然とそう思いながら、男は直角に腰を折って社長室を出た。 「藤原、藤原」と背中に声がした。振り向くと部長が立っている。 「しばらくは会社を休め。有給は残っているな」いわずもがなのことをいう。俺は心の中で笑った。この1ヶ月残業は100時間を超えている。それもこれも証拠隠滅のためだった。 「藤原部長。この度はご迷惑をおかけいたします」 「いいいい。娘と孫たちはもううちに来ている。君は……」と言葉を濁して封筒を俺に渡した。10万くらいか。シケていやがる。男は黙って厚みのない茶封筒を上着の内ポケットに入れた。 「早くいけ」藤原部長、いや舅はもう背を向けている。  みごとにトカゲの尻尾にされたことに納得がいかないような、大企業の論理を見せつけられたようなそんな気持ちだった。  部屋に戻ろうとすると、背中を叩かれた。振り向くと同期が首を振っている。 「入ってもいけないということか」 「荷物は後から送ってやる、と言いたいところだが。私物もおそらく警察に没収される。IDカードを」 手を差し出された。男は首から下げていたIDを同期に渡した。 「俺が出口までエスコートする」  コートと鞄を渡された。コートを羽織りながら同期に続く。やけに歩く。 「どこの出口まで行くんだ」 「旧館の、地下鉄連絡口まで。表と通用口はマスコミでいっぱいでとても出られない」 「帰るところがないんだ」  男は情けない声を出した。 「知るかよ」  地下鉄連絡口がみえてきた。古い大理石張りの、かつては権威の象徴だっただろう旧館の白い通路に男は放り出された。 「ではここで失礼いたします」  同期は笑顔をみせ、客を送り出すように丁寧な辞儀をした。  それからのことはあまり覚えていない。気がつくと故郷へ向かう夜行バスに乗っていた。消灯されたバスのなかでゆるく目をつむりながら、何が悪かったんだろう。どこが悪かったんだろうと考えてみたが何度考えてもよくわからなかった。  こんなことになってしまって、妻はどうしているだろう。俺の葬式で泣く練習でもしているかな。子供がふたりもいるのにさっぱり心が通わない夫婦だった。今年中学受験の長男は……受験は無理だろうな。男は思い切りシートを倒し読書灯をつけ――バスはがらがらだったので遠慮は無用だった――スマホをみた。トピックにはゼネコン疑惑の鍵を握る男、失踪。の太い文字があった。画面をスクロールすると各社が一斉に事件を報じていた。
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