タバコと夕焼けの愛情表現

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タバコと夕焼けの愛情表現

 デカい。  声低い。  ゴツいネックレス付けてる。  チャラい。  タバコ吸う。  料理下手。  何故こんなやつのことが好きなのか、自分でもよくわからない。だけど好き。ただ好き。 「そろそろ離れてほしいんですけど」  でも、甘やかされると冷たく当たってしまう。 「なんで。嫌なの?バックハグは」 「恥ずかしい」 「俺以外誰も見てねぇけど」  そんなのはわかっているし、本当はそのままでいい。読書の邪魔にはなるけれど。 「いいよ、じゃあタバコ吸ってくるわ」  これはだいぶ予想外だった。  思わず、文字を追っていた目線を上げる。 いつもなら『いいじゃーん』とか言ってずっとくっついてるのに、なんで。  彼はもうベランダに居て、西日を眺めながら煙を吐き出していた。  その姿がいつもより色気を帯びていて、つい見蕩れてしまう。  少し経つと、彼がスマホ取り出した。誰かと電話している。楽しそう。  このタイミングで行くのはダメだろうなと思い、再びその姿を見つめる。 と、彼がいきなり私の方を向いて手招きをした。  内心嬉しかったが、表情はきっと不貞腐れたような顔をしているのだろうなと思いつつベランダへ向かった。 「どうしたの?」  もう電話は切ったらしい彼にそう聞く。 「今日合コンの人数合わせで来て欲しいって言われてさ。悪いんだけど、行ってきていい?」  一瞬言葉に詰まる。  合コン、ていうことはもちろん女の子もいるということだ。行ってほしくはない。  だけど、ここで嫌だとか行ったら嫌われてしまいそうで怖かった。 「うん、全然いいよ。楽しんできて」  今日は彼の好きな肉じゃがでも作ろうかと思ってじゃがいもたくさん買ってきたんだけどなぁ。  ちょっと高い入浴剤も買ったし、一緒に見ようと思って映画も借りたんだけど、なぁ。  仕方ないか、そう思っていると、彼からため息が出た。ほのかにタバコの香りがする。 「どうか、した、?」 そう問うと、彼は少し悲しそうな顔で私を見る。 「ユイはさぁ。嫉妬とかそういう概念ないの」 「え、っと」 「だーかーら。俺のことはどうでもいいのかって。俺は本の次なのかって聞いてんの」  ただでさえ低い声がさらに低くなった。  それにこの見た目だし背も高いから、結構恐怖。 「私はそんなこと、思ってないけど…」 「だったらもっとさぁ、こう、好きってアピってほしいんだけど」 「そ、れはさ……難しいじゃん、」 「何が。俺ら付き合ってんじゃん。それくらいやってよ。俺ばっかりでさぁ、なんか片思いみてぇ」  怒っているというか、不貞腐れたようにそう言い放つ彼が少し可愛く見えて、じっと見ていると彼が目を逸らした。 それから、タバコに火をつける。 「なんだよ、そんなに俺のこと見てもなんもないんだけど」  いつもはクールでかっこいい彼の顔が赤く染まっているのがとても愛おしかった。 「顔、真っ赤っかだよ」  わざとらしくそう言うと、彼はそっぽを向いてタバコを深く吸った。 「夕焼けのせいだから」  あーもう、何で毎回俺の方が負けんだよ…  小さくそう呟いた声は、私に聞こえないようにしたんだろうけど、この地獄耳には聞こえてしまった。 「してるよ、嫉妬とか。マサキモテるんだもん、」  そう言うと、彼と再び目が合った。 「本当は女の子と会って欲しくないしタバコより私に構って欲しいし、でもそんなこと毎回言ってたら嫌われると思って、言わなかった」  彼の口角が徐々に上がっていく。 「さっきも、もうちょっと、抱きしめててほしかったし、合コンとかは行かないで欲しい」 「合コンなんて行かないし俺も本当はもうちょっとバクハしてたかったわ。お前の方から言って欲しくてああやっただけ」  笑顔の彼を見て、私も自然と口角が上がる。  夕焼けに照らされた彼はすごく妖艶だ。でもどこか幼い。それがすごく愛おしい。 「これからは定期的に愛情表現して」 「難しいかも。頑張るけど」  私のする愛情表現なんて、好きなものを作ることくらいでしか出来ない。でも彼には気づいて貰えないから、もっと難易度の高いことで示さなきゃならなかった。  もう夕日は沈みかけていて、空が藍色に染まっていく。  彼の顔がギリギリ見えるくらいの暗さの中、背伸びをして彼の頭を抱えて引き寄せる。  タバコの匂いがする。 「……苦い」 「大人の味ってやつ」  彼がニヤッと笑うと、今度は彼がしゃがんで私に口づけた。  苦いけれど、それ以上に甘い。  こんな日も、たまにはあってもいいなぁと思ったりして。
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