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始まり
「色彩ひとみです。これから、よろしくお願いします。」
「よろしくー。」
「よろしくねー。」
新しいクラスの人は、ひとみの挨拶に好意的に、返してきた。
だが、「よろしく」という言葉は、ただの挨拶でしかない。
このクラスの人達と仲良くなるつもりなど、ない。
……できないのだ。
私、色彩ひとみは、『8色の瞳』という能力をもっている。
この能力は、人に知られてはいけない。
知られれば、人外の者として、殺されるか、捕えられるだろう。
前者ならまだマシだが、後者なら、実験体として扱われるだろう。
親しい者など、つくればこの能力を、知られる可能性が高くなる。
それだけは避けたい。
「おい、色彩。」
席に着いて、そんなことを考えていたら、声を掛けられた。担任だ。
「授業始まるから、準備しろ。」
そういえば、そんな時間だった。
「はい。わかりました。」
ひとみが、準備を終えると同時に、教室にチャイムが鳴り響いた。
昼休み
授業などが終わって、昼休みになった。
「さて、行こうかな。」
ひとみは、校舎を出て、校舎裏の人気の無い方へ歩いていく。
しばらく歩いていき、壁の前で止まった。
壁の前に立ち、頭の中で緑色を思い浮かべる。
瞳の色が緑に変わり、ひとみは、壁に手を当てた。
―――ヒュン
耳元で空気を切る音がして、目の前の景色が変わった。
広がる、緑。ひとみの、能力で創られたものだ。
なぜ、いきなり森が広がっているのか。
さっき、触れたのは壁ではなく、結界。
これも、森同様ひとみの能力で創られたものだ。
この森と結界は、転入手続きをするため、学校に来たとき創っておいたのだ。
この『8色の瞳』で創った結界は、何か特別な能力を持っていないと、見ることはできない。
もちろん、結界の先にあるこの空間にも、来ることができない。
ひとみが、さっきと同じ様に、色を思い浮かべる。今度は青だ。
そして、瞳の色が青に変わり、ひとみは、空を見上げた。
「雨」と、呟く小さな声。
その声に応える様に、ポツリ、ポツリと、雨が降ってきた。
雨は、どんどん強くなっていき、地面に打ち付けられる水の音が大きく響く。
制服が水を吸い、重くなっていく。
―――パシャ
雨音とは、明らかに違う水音にひとみは、身構えた。
「……誰?」
ひとみが、問うような静かな声を発すると、前方の木から人影が現れた。
「こんな空間に、人がいるなんて驚きだ。君、ここに迷い込んだのかい?……まあ、迷い込んだんだとしても、空間に入り込めるのは能力者しかいないから、君は能力者という事なんだけどね。」
木の後ろから、楽しそうな声が聞こえた。
声の低さからすると、男のようだ。
ひとみは、男の質問には答えず考えていた。
この空間に入ってこれるのは、特別な能力を持っている人間だ。
この男も能力を持っていて、正体は不明。
持っている特別な能力も不明。
この男はひとみにとって、とても危険な存在になりうる人物ということだ。
「ねぇ、僕を無視して考え事?」
気が付いたら男が目の前にいた。
(考え事をしていたとはいえ、私が人の気配に気が付かないとは……)
驚くと同時に、悔しくなった。
気配を察せなかったということは、この男の実力がひとみを上回っているということだ。
「……いったい、何者なのあなた。とても普通の人間だとは思えないわ。……ここに入ってこれる時点で普通の人間ではないでしょうけど。」
小声で文句を言う。
その言葉が聞こえていたのだろうか。
男がひとみに近づき、にやりと笑った。少し意地悪な笑み。
「僕の正体は秘密だよ。……迷ったんじゃないとしたら、君が色彩ひとみちゃんかな?」
ひとみは、男を睨みつけた。
(なぜ私の名前を知っているんだ?)
ひとみは名乗った覚えがない。
なのにこの男は、ひとみの名前を知っている。
こういう場合、大体がひとみをモルモットにしたいとか、そういう奴らだったりする。
そういう奴らに、正体がばれるのはまずい。
ひとみは、とぼけることにした。
「……さぁ、いったい誰のことを言っているのか、わからないんだけど。大体、自分の正体をばらさないで相手の正体だけを知ろうとするのはどうかと思うけど?」
ひとみの言葉に、男はさらに笑みを深くした。
何か切り札でもあるのか、その笑みから余裕が窺えた。
「へぇ、知らないんだ。だとしても、ここに入ってこれている時点で、君が何らかの能力者ということは確定だ。そうなると、君も無関係ではないと思うんだが?」
「……」
ひとみの顔から表情が消えた。
(この男何を知っているんだ?……いや、何を知っていようが関係ないような気がするな。この男、私にとって不利な情報をもっている。そんな予感がする。)
この男を消そう。
そう、決心したとき男が笑った。先ほどの笑顔とは、全く違う笑み。いや、笑顔自体は変わっていないのかもしれない。違うのは……。
「ねぇ…本当は、君が色彩ひとみちゃんなんだろう?……『8色の瞳』の持ち主である能力者。その能力で、様々な万象を操るこの世界にいるはずのない存在。」
謎めいた言葉。普通、この状況ならばその言葉の意味を考えるべきだろう。
だが、ひとみは言葉の意味より、目の前にいる男の目に宿る色に意識を引かれた。
男は目に、闇の色を宿していた。
底が見えない、際限のない闇。
そこに憎悪と言っていいような、昏い激情が覗く。
見ているには、耐えきれない恐怖を呼び起こすのに、目を逸らせない。
「……なぜ、『8色の瞳』を知っている?」
男の闇から目を……意識を逸らしたくて、疑問を投げかける。
ひとみの言葉を聞いた男は、微笑んだ。瞳に宿っていた、あの昏い闇はもう見えなかった。
そのことに、ひとみはとても安堵した。
男は、その様子に気づいていないのか、笑みを崩さず話し始めた。
「やっぱり、君が色彩ひとみちゃんか。……そう身構えなくても、何もしないよ。」
ひとみが攻撃する隙を狙っていたせいだろうか。男は困ったような声を上げた。
男の様子にひとみは、
(まぁ、話を聞くときは構えを解いていいか。)
と、考えて構えを解いた。
男はそれを確認して、話し始めた。
「君の能力『8色の瞳』のことは知っている。君は、瞳の色を変えられ、その種類は8色。色は、青・赤・黄色・黒・ピンク・紫・水色・緑。瞳の色によって、それぞれの色に決められている、万象を操る。……この空間は、変わる瞳の色の一つ、緑の能力で創られたのかな?」
すべて当たっていた。
どうしてここまで、細かい情報を知っているのだろう?
この男、危険すぎる。
「この空間を創ったときの瞳の色も分かるなんて……もしかして、どの色がどの万象を操るのかも知っているの?」
この男が、この問いに頷いたなら、この男の情報源を聞き出し、この男諸共消し去らなければいけない。
「知っているよ。青・天候。赤・火炎。黄色・光、電気。黒・闇、影。ピンク・香り。紫・毒。水色・水、氷、癒し。緑・大地、風、結界。だよね。」
(さっきも感じたけど……この男、危険だ。)
『8色の瞳』の情報もバッチリ掴んでいる。
―――消すしかない。
ひとみは、頭の中で黒を思い浮かべた。
瞳の色が黒に変わったのを感じ、目を開ける。
瞳の色が変わったのに、男から動揺など微塵も感じられない。
(……?)
おかしい。
以前にも、前もって情報を持っている奴なら、いた。
だが、情報を持っていた者でさえ、ひとみの能力を目の前にしたときの動揺は必ずあった。
男にはそれがない。
(今までの奴らとは違うのか?……だが、この反応は不自然すぎる。この男の反応は、まるで……)
その先の考えに思考が及ぶ前に、男の気配が動いた。
先程より、少し近く、距離が縮まった。
「黒か……。『8色の瞳』の能力だと、操るのは闇と影だったね。その能力で、いったい何をするつもりなのかな?」
男が笑う。
その目に、先程の闇が見え隠れしている。
唐突に、さっきの考えの続きが、思い浮かんだ。
―――まるで、『8色の瞳』を見たことがあるような、反応。
(いや、ありえない。)
思い浮かんだ考えを、即座に否定する。
それ以上考えることが、恐ろしい気がして、ひとみは思考を遮断した。
男に目を向ける。
先程の答えを待つように、こちらを見ていた。
ひとみは、微笑んだ。
とても自然な笑みだった。
近所の人に挨拶するときのような、そんな笑み。
「さぁ?どうする気だど思う?」
ただひとつ、目に宿る色を除けば。
目に宿るは、殺気。
ひとみの言葉の後、短い沈黙が落ちた。
「……」
スッと、ひとみは腕を前に出した。
そして、男に向けて声を発した。
「……捕縛。」
言い終わると同時に、辺りは闇に包まれた。
「うわ?!何だこれ!絡み付いて…。…ぅ……」
最後に小さく、男の呻き声が聞こえた。
その後、声が聞こえなくなって数十秒。
周りの闇は消え、辺りは、元の緑の空間に戻った。
一つ違うことといえば、男が黒い影に巻きつかれ、はりつけ状態になっていることだ。
男は少し傷を負っていた。
真っ暗闇にしたときに、抵抗してそうなったのだろう。
男はこちらを見ていた。
ひとみは、男を見ながらにっこりと笑い、口を開いた。
「あなた、いったい何者なの?『8色の瞳』のことを知っているのは、なぜ?」
「……」
問いかけても、男は何も言わなかった。
男の態度に、ひとみは苛立って、男に巻き付いている影を締め付けた。
影の拘束を強めた一瞬、男は眉を寄せた。
痛みを感じたのだろう。
それでも、男は口を利かず、また、ひとみも影の拘束を緩めはしなかった。
「答える気は無いか……。ん?何?……何か、いる?」
ひとみは、感じた違和感に声を上げた。
気配を手繰ると、違和感の正体はすぐに見つかった。
ひとみが立っている、真後ろ。
そこに、ひとみが創ったものとは別の、空間があるのだ。
(私はこんな空間、創った覚えはない。だとすると、この空間を創ったのは、私以外の人物。……私は、この空間に人を招いたことなどない。となると、この謎の空間を創った可能性があるのは……)
―――スッ
考えに沈んでいたひとみは、突然聞こえてきた音に顔を上げた。
男の方に目を向けたひとみは、すぐに状況を理解した。
影に絡みつかれていた男は、姿を消していた。
まるで、最初からそこにいなかったように。
ひとみは、後ろに影の鞭を出現させ、後ろにある空間を攻撃した。
すぐ真後ろにあった空間は、影の鞭を避けるように動き、そして動いた先で男が姿を現した。
男は残念そうに肩を落とした。
「あー、残念。ひとみちゃん、あれが僕の偽物だって気づいちゃった?」
残念と言いながら、声はとても楽しそうだ。
その声音に、疲労を覚えながらも、「そうね。」と答えた。
(気づいたのは、つい先程だけど……)
と、心の中で付け足した。
男はふと、思いついたような顔をしてにっこりと笑った。
「僕、幻術と暗示を使うんだ。」
男の言葉に、ひとみは、驚きを隠せなかった。
他人に、自分の能力を明かすなど自分にとって害にしかならない。
そう言えるほど、能力を知られるということは危険なことなのだ。
「ふっ……はははは…ははははは」
驚きに呆けていると、男が面白くてしょうがないという風に笑った。
顔を見られてのことなので、当然ひとみは、面白くない。
ムッとした顔で見ていると、男は、笑いを収めてひとみに目を向けた。
「これなら問題ないだろう?僕は、君の能力を知っていて、君は僕の能力を知っている。……これなら、お互い迂闊には情報を漏らせない。ということさ。」
男の言葉にひとみは、納得した。
片方が情報を漏らせば、もう片方も情報を流せばいい。
お互い弱みを握った状態ということだ。
納得すると同時に、不審に思った。
この男を完全に信用できはしない。
(この男は、自分の能力を簡単に明かした。……それは、能力がばれても問題ないということではないのか?)
十分にあり得る。
「……あまり信用できないんだけど……。あなたが、自分の能力を知られても全然大丈夫なら、その条件は私が不利にならない?」
可能性が捨てきれなかったひとみは、確認の意味で、男に質問を浴びせた。
質問された男は困ったように肩を竦めた。
「……そんなに僕は信用ならないのか…。どうしたら信用してもらえるのか教えてほしいな。」
「『8色の瞳』の情報をあなたに教えた人物を消してくれたら、信用してもいいかもね。」
感情を読ませない、冷淡な声で即答した。
それくらいしてくれたら、信用してもいい。
失念していたが、この男の口を封じたところで、男の情報源が情報を流していたら大した意味もない、ただの労働力の無駄だ。
そう思い、ひとみは条件を出した。
条件を聞いた男は、笑った。
「君とは、また会うことになるだろうから……次、会うときはもっと色々と話さないといけないな。…許婚のこととか。」
男はひとみの言葉を、完全に無視した。
(許婚?)
男が、出した条件を無視したことも気になったが、最後に小声で言われた言葉の方が気になった。
意味を聞き返そうとしたとき、男はひとみに背を向けた。
「じゃあね。ひとみちゃん。」
それだけ言うと、男は霧のように消えた。
「あの男の名前、聞いてなかった。」
聞きたいことも聞けず一人残されたひとみは、呆然とそんなことを呟いていた。
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