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出会い
謎の男が現れてから、3日が経った。
学校にも少しずつ慣れてきて、勉強など様々なものが落ち着いていた。
昼休み。
ひとみはいつも通り、緑の能力で創った空間に来て、眠っていた。
―――カサ
(人の気配。)
風の影響ではない、葉の音にひとみは目を覚ました。
目を覚ましたのだが、ひとみはもう一度眠りに入ろうとした。
侵入者が近くにいるのは分かっていたので、瞳の色を水色に変えた。
「誰かいるのか?」
それは男の声だった。
そして、初めて聞く声だった。
―――カサカサカサ
足音が近づいてきた。
ひとみは、目を開けようとはせず眠っているふりを続けた。
気配が、隣に移った。
「寝ているのか?……それにしても、こんな空間に人がいるとは。」
男はそんなことを言って、隣に腰を下ろした。
(なんで隣に座るんだ?……この男、警戒心が全くないな。まぁ、それはそれで好都合か。)
ひとみは、少しだけ動き、指先だけで男の手首に触れた。
すると、男の手首の周りに氷でできた輪が出現し、男の手首を固定した。
「うわ!?なんだこれ!氷?って壊れないし!?」
男が狼狽えている間にひとみは、目を開き男の前に立った。
「あんた、起きていたのか!…もしかして、この手首の周りの氷はあんたの仕業か!」
本気でひとみが寝ていると思っていたのか、起き上がったひとみを見て叫んでいる。
ひとみは、男の言葉を無視して口を開いた。
「はぁ。3日前にも侵入してきた男がいたけど……。最近、侵入者が多くないかな?……とにかく、この男から話を聞きださないとこの男の処分を決められないな。」
ひとみの言葉を聞いて、男が慌て始めた。
……そんなに慌てることを言っただろうか。
「侵入者?処分って?あんた、僕をどうする気だ?」
一気に質問してくる男に、ひとみは溜息をついた。
「……慌てすぎだよ。一気に質問されて、すぐに答えられる訳ないでしょう。」
ひとみが指摘すると男は、言葉に詰まり項垂れた。
「悪い…。そうだよな。一気に言ったらわからないよな……。」
慌てたと思ったら、ものすごい勢いで凹んでいる。
ひとみはもう一度溜息をついた。
「……はぁ。そんなに落ち込まなくてもいいわよ。説明してあげる。」
ひとみがそう言うと、男は顔を上げた。
それを確認してから、ひとみは口を開いた。
「この空間は、私が創ったものなの。そしてあなたは、この空間に無断で入ってきた。だから、あなたは侵入者ということ。あなたをどうするかは、あなたの話を聞いてから決める。……あなたが、どこかの研究機関の情報屋とか、私の能力を欲しがっている組織連中の仲間だとか、そういう可能性もあるからね。」
男は、その言葉を聞いて安心したのか、落ち着きを取り戻していった。
「はぁー。なんだそういうことか。でも、いきなりこれはないんじゃないか?……あんた妙な能力使うし。って、あんた瞳の色が水色なんだけど、この国の人間に見えないんだが。いや、「この国」じゃなくて、「この世界」か?」
落ち着いたと思ったら、意味不明なことを言い出した。
本気で大丈夫か?この男。
どこかの病院に掛かったほうがいいんじゃないだろうか。
ひとみは、そんなことを考えたが口にすると可哀想なので、「馬鹿じゃないの。」と言うに留めた。
そんなひとみの葛藤など知らない男は、とてつもなく不満そうな顔をした。
不満そう……というか、不機嫌そうな顔だ。
「あんたに馬鹿呼ばわりされる覚えないんだけど……。初対面なのにさ。」
確かにその通りだ。
「少し言い過ぎたわ。ごめんなさい。」
男の言い分も、もっともだったので、素直に謝罪の言葉を口にした。
ひとみが、素直に謝ったことで男の機嫌は良くなったようだった。
だが、すぐに男はそわそわと、落ち着きをなくしていった。
「なぁ。この氷壊してくれないか?さすがに見下ろされていると、落ち着かないんだ。」
どうやらこの状態が落ち着かないらしい。
(私としてはこの状態の方が都合がいいんだけどな。まあ、質問に上の空で答えられるより、解放してやった方がマシか。)
本当に落ち着かない様子の男に、ひとみは、そう考え「いいわよ。」と答えた。
すると、男の安堵の表情を浮かべた。
そんなに落ち着かなかったのだろうか。
とりあえず、氷を溶かすために、炎を司る赤を思い浮かべ、瞳の色を変えた。
瞳の色が変わった瞬間を見た男は言葉を失っていた。
その後、すぐに下を向いた。
恐らく、頭の中を整理して、落ち着こうとしているのだろう。
水色の瞳が、通常の瞳で、能力によるものだとは思いもしなかったのだろう。
「……瞳の色が…、変わった?」
数分の沈黙の末、男が口にした言葉はそれだった。
目を向けると、男の顔は、困惑に満ちていた。
瞳の奥に、微かな畏怖の色を見つけ、ひとみは笑った。
多分、すごく悲しい笑顔だったと思う。
「驚いた?…私は、能力で瞳の色を変えられるの。……あなたもここに入れたということは、何か能力を持っているということよね。教えて欲しいとは言わないけど。」
男は、まだ困惑が抜けきらない様子でポツリと呟いた。
「……何で、そんな悲しい顔で笑うんだ?」
男の言葉にひとみは、少なからず動揺した。
なぜ、悲しい顔で笑うのか。それは多分、今までひとみの能力を知った人たちと、この男の瞳に映った畏怖の色が似ていたからだろう。
―――この人も同じように離れてく―――
初対面の人でも同じ色が瞳に映ったことで、無意識にそう思ってしまったのだろう。
そのことは、ひとみの心に深い傷が残っているということを、否応なく意識させられた。
「そんな風に見えたの?なら、そうなのかもね。」
気が付いたら、そう言っていた。
先程と同じ様な笑みを浮かべて。
その笑みを見て、男は何を思ったのか眉を寄せた。
だが、男は声を発することなくひとみを見ていた。
ひとみの目も、自然と男の瞳を見ていた。
まるで、吸い寄せられているかの様に。
(綺麗な瞳。)
吸い込まれそうな黒。
どんな闇より深く、濃く、悲しみを含んだ瞳だった。
なぜだろうか。
この男に、目が行ってしまう。
なぜ、こんなにも心を奪われるのだろうか。
今まで、ひとみの能力を目の前で見た人は、声なんか掛けずに逃げて行ったから?
それとも、こんな目を向けられたから?
だけど、この男以外に一人だけ、能力を目にしてなお、声をかけてきた男がいた。
その時はこんなことはなかった。
この目の前にいる男だからなのだろうか。
分からない。
「……あんた、名前は?」
お互い、相手を見つめたままの状態で、男が尋ねた。
「……え?」
それしか声が出なかった。
ひとみの能力を目の前で見て、逃げずに名前を聞いてくる人などいなかった。
この前の男は、最初からひとみの名前を知っていたし、それ以外は逃げる人しかいなかった。
ひとみの能力を見た上で、名前を聞き、こちらをまっすぐ見てくれた。
そのことが、とてもうれしく思えた。
ひとみは、男の目の前にしゃがみ、氷の輪に手をかざした。
手をかざした所に、炎が浮かび氷の輪を溶かした。
「色彩ひとみ」
男に聞こえるように名前を声に乗せる。
名乗った後に、男をチラリと盗み見ると、目があった。
目があった瞬間、男はふわりと微笑んだ。
まるで、花が咲いたように。
そんな表現ができるくらい、綺麗な笑みだった。
「色彩ひとみか。いい名前だな。……ひとみって呼んでいいか?」
男の笑顔にひとみは、少し動揺したが、断る理由もないので頷いた。
「いいわよ。あなたの名前は?」
ひとみが聞き返すと、「幻龍」と少し緊張した声が返ってきた。
その答えに、
「幻龍?あなたこそ素敵な名前じゃない。私も幻龍って呼んでいい?」
明るい声になっているのを自覚しながら言葉を返すと、幻龍は嬉しそうに頷いた。
「それでいいよ。……ひとみ、頼みがあるんだが聞いてくれないか?」
幻龍は、不安そうに問いかけてきた。
「引き受けるかは内容によるけど、それでいいなら聞くわ。」
フッと、幻龍の表情が安心したように緩んだ。
「ああ、それで構わない。僕は君から許可が欲しいんだ。」
「…許可?何の?」
内容の鮮明にならない部分を即座に聞き返す。
疑問をぶつけてきたひとみに、幻龍は苦笑し、「単純なことだよ。」と言って話し始めた。
「自由にこの空間を出入りできる許可、だよ。また、この空間で、ひとみに会いたいから……。だめか?」
意表を突かれた。
この空間を自由に出入りしたい、なんてことを言ってくる奴がいるなんて思いもしなかった。
「いいけど……なんでそんな許可が必要なの?」
少し、確かめたくなった。
許可が欲しい、その言葉の真意を。
それだけの想いで、出た言葉。
どんな言葉が返ってくるのか、不安と期待を感じながら、ひとみは幻龍を見上げた。
そんなひとみの表情を見て、幻龍は笑った。
見惚れるほど、鮮やかに。
咲き誇る花の様に。
「うん?理由なんて簡単。ここに来ればひとみがいるし、僕がこの空間を好きだと思ったから。」
―――ドクン
幻龍の言葉に、笑顔に胸が高鳴った。
「そ、そう。」
ひとみは、高鳴る胸を押さえて、そう返すしかなかった。
「そろそろ昼休み、終わるんじゃないか?」
ふと、幻龍が漏らした言葉に、ひとみは顔を上げ慌てて言った。
「やばい。じゃあ、そろそろ行くから。…幻龍…。来たいなら、いつでも来ていいから。」
一瞬で瞳の色を赤から黒に変えてから、ひとみは空間の外に走って行った。
それを見送ってから、幻龍は近くにあった木に腰掛けた。
「……色彩ひとみ……」
しばらく、ボーッとした後、ふと口をついた名。
それが、頭の中にゆっくりと浸透していき、幻龍の頭は呟いた名の持ち主について考え始めた。
(不思議な女の子だったと思う。…そして、僕と同じような気配を宿していた。人を信用出来なくなって、能力を知られないようにと自分の周りから他の者を排除していったような気配。でも、奥深くで理解者を探していて、それすらも諦めている様な、そんな悲しみに満ちている気配を目から感じた。)
先程まで、一緒にいた少女に想いを馳せながら、幻龍は空を見上げた。
「ひとみ……もしかして、君は感じていたのか?僕に―――。」
君と同じ、気配を。
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