金曜日の歌

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 大学生の聡介は毎日が退屈だ。大学の講義と居酒屋のアルバイトの生活の中でただ日々は過ぎていく。聡介はまだ帰宅ラッシュの前で閑散とした居酒屋の時計を見た。金曜日の午後6時。  将来のような漠然としたものについて聡介は考えない事もない。なんとなくでも、高校生になる事や大学生になる事が想像できた中高時代の方がまだましなのかもしれない。大学生の聡介にはその先の自分の姿が、霧の中にいるかのように全く描けないでいるのだから。  だが、それとは関係なく今日も日々が過ぎていく。今日も何も掴めないままにアルバイトに来て、そして聡介が最も嫌いな呼び込みの業務に入っていく。  駅前を通りすぎる人々に声を張り上げて、居酒屋へと誘い込む。だが、ほとんどの人にその声は届かない。適当にあしらわれるだけだ。それぞれ、すでに決まった予定があり足早にそこへと向かう。そして、もし聡介の呼び込みに乗ってくる客がいるとすれば、行く当てもない人間達。それはまるで聡介自身のようだ。  聡介は今日もメニューが書かれた看板を手に駅前の広場へと出る。だが、今日は金曜日。金曜日は唯一、呼び込みが苦にならない日。  あと1時間すれば、あの男がやってくる。
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