金曜日の歌

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 男はバスの終着点である駅前ロータリーでバスを降りた。金曜日の午後6時55分。あまり人気のない駅前広場を歩いて行く。もうしばらくすれば、帰宅ラッシュの電車が来て多少の人通りは見込める。だが、人が多くても、少なくても何も変わらない。  駅前広場の中央で男は止まった。手に持ったギターケースをそっと地面に置く。改札の前で待ち合わせをしている数人がスマホから目を上げて、チラリと男の方を見たが、直ぐにその目線は手元へと帰った。  誰も聴いてはしない。男は時々、思う。自分のしている事に価値はあるのか。でも、今は一旦その考えを頭から追い出さなくてはいけない。さあ、この瞬間だけは不安も迷いも全て置き去って。男はギターケースを開けると、そっとギターを取り出した。
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