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日は完全に落ち、駅前広場の人通りも多くなってきた。金曜日の午後6時55分。すでに一時間近く、聡介は呼び込みをやっている。一時間前に比べるとだいぶ人通りも増えてきたが、それでも呼び込みによって来店してくれる客はそこまで増えるわけでもなく、いわば失敗の繰り返しだ。
また一本、都心からの電車が乗客を運んできたようだ。駅前広場がより一層行き交う人々で混沌としてきた。聡介は腕時計を見た。間もなく、7時。聡介は人々に声を掛けながら、その群集の中に一人の男を探した。
目の前のスーツを着た二人組に声を掛けた。
「いや、結構。」
彼らが短く告げて去っていく。聡介は次の目星を探す。そして、同時にある男を探す。
聡介は人込みの中に、こちらに向かってくる男を見つけた。彼が何者なのか聡介は知らない。だが、毎週金曜日の7時、一週間も例外はなく、一分も遅れる事なく彼はやって来る。
「元気、今週も頑張っているね。」
男が聡介に笑顔で話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
丁寧に、だが居酒屋らしく、気張らないように聡介は男に応える。
「いい笑顔だ。今週は特別にチップでもあげちゃおう。」
男はポケットから1000円札を取りだすと聡介に差し出す。
「恐縮です。さあ、中へどうぞ。」
聡介はいつもの週と同じく、その1000円札を受け取ると深くお辞儀をした。
この男が誰なのかは分からない。しかし、この男はほとんどの人に相手にされない聡介の仕事を評価してくれる数少ない人だ。
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