金曜日の歌

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 バリィはようやく駅前広場に到着した。金曜日の午後6時55分。やはり、普通の人間よりもよほど時間がかかる。30分歩いただけなのに肩が上がり、息が苦しい。 疎らに人が通る駅前広場を抜けて行く。駅前の明るさでさえ、いつも薄暗い部屋でパソコンの前に座っているバリィには眩しい。看板ややけに凝った照明で照らされた町はバリィが住む世界とはまるで違うテンポで時を刻んでいく。  美しかったゲームの世界がそうしたように、この現実の町もまたバリィを置き去りにする。バリィはようやく目的地に着いた。  駅前広場の端の方。駅前の華やかさを少し遠めで眺めるような位置にその病院は立っていた。待合室でバリィは待つ。  看護師が出てきて耳慣れない名前を呼んだ。バリィの事だった。そいえばそんな名前だったと毎週のように思う。 「まあ、いつガタがくるか分からないから無理しないように。」 今週もまた医師が言った。  何の病気なのか、よく知らない。医師も知らないのかもしれない。何しろ、大学病院に匙を投げられ、気休め程度に駅前の町医者が対応するような病気だ。 「普通、逆だろ。」 なんてバリィは思う。  だが、あれだけパソコンの前に座り続けていたら、何かしら体調に異変をきたすのも十分理解できた。  嗚呼、あとどのくらい生きられるだろうか。いつガタがくるのだろうか。考えても分からない事を考えて、直ぐにやめた。  ゲームと現実の区別がつかない人間を非難する風潮がある。しかし、バリィにしてみれば、ゲームも現実もさして変わらない。どちらも、彼の居場所ではなくなりつつある。どちらの世界にもいつまでしがみ付いていられるだろうか。
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