ジュリエットの涙

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「ひたすら仕事に打ち込んで、なにも考えないようにしていたの。そのとき、お父さんが声をかけてくれてね。『なにかあったなら話を聞くよ』って」  母は小さな声でぽつぽつと説明する。母の事情を聞いた父は、責めるわけでも憐れむわけでもなく自分の離婚した経験も話し、今後のことを一緒に考えてくれたそうだ。  お互いになんでも言える仲になり、ふたりで過ごす時間が増えるにつれ次第に惹かれてい。そして、お互いに抱えているものをすべて了承したうえでふたりは結婚した。   「もちろん、透を忘れたことはなかった。あのときは、会いたくても会えず、母さんも再婚したと思っていた。だから透に父親としてできなかったことを結の父親になって果たそうと思ったんだ」  透はさっきからなにも言わない。ただ唇をきつく噛みしめ、溢れそうになる感情を必死に抑えているように見えた。  結局、透の母は一緒になろうとした人とは上手くいかず、ひとりで透を育てていたが元夫の再婚話を知って精神的に不安定になっていったそうだ。 「母さんは死ぬ間際、俺に連絡して来てな。『透と一緒に死んでやる』って」  結果、透は手遅れになる前に発見され、一命をとりとめた。子どもには衝撃的な出来事で、透は、この家に来てから母親の話は一切しなくなった。  だから父と母は自分たちからこの話題に触れはせず、私も生まれ普通の家族として生きることにした。  これが真相だ。透のお母さんが生きていたら違う言い分があるのかもしれない。けれど私は、両親が嘘をついているとも思えなかった。 「……わかってたんだ、本当は」  今まで黙ったままだった透が掠れた声で呟く。そこで家族全員の視線が彼に集まった。 「母さんが間違っていることも、父さんや、母さんが愛情いっぱいに俺を育ててくれたことも……」  掠れていた声は次第に震えを伴い、透の目には涙が浮かんでいた。母に促され、私は先に病室を出る。 「今度、母さんの墓参りに行こう」  父がそんなことを透に言っているのが聞こえた。ずっと透に重くのしかかっていた黒い塊が少しでも溶けたらいいと思う。  気づけば、私の頬にも涙が伝っていた。 「さようなら……透」  私は予定通り、翌日に大学進学のために家を出て物理的にも精神的にも透と離れた。
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