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「心配しなくてもどちらのグラスにも毒は入れていない。苦味と刺激の強いただの栄養剤だ」
まさかの事態に頭がついていかない。
「結を死なせるつもりなんて最初からなかった。少し脅かしてこうやって本当のことを話そうと思っていただけだ」
「なん……で」
まだ喉が痺れて声がうまく出せない。けれど、現金なもので透が優しく触れてくれるだけで体も心も幾分か楽になり、少しだけ落ち着きを取り戻す。
ただ、透の表情は痛みに耐えているようなつらいものだった。
「結が憎くてつらかったのは本当だ。けれど、本当に憎かったのは父さんでも母さんでも結でもない。俺自身なんだ」
透はポケットから小さな白い錠剤を取り出した。
「本物の毒は、これだよ」
あ、と思ったときにはもう遅い。透は手に持っていた錠剤を口に放り込み、すぐさま嚥下する。
「透!」
顔をしかめ、透はその場に倒れ込む。見るからに顔色が悪くなり、呼吸が荒くなっていく。とにかく救急車を呼ぼうとスマホを取り出そうとすると、その腕を取られた。
「ひどいこと言って……ごめん。あのとき……母さんだけ死なせて、俺は助かった。……ずっと……罪悪感で押し潰されそうだった」
「透、喋らないで」
私を無視して透は切れ切れに語っていく。
「結が憎かったはずなのに……いつも俺の後を必死に追いかけて、ずっと俺を必要としてくれていたから……結が俺の居場所をくれたんだ」
「やめてよ、やめてよ! そんな最後みたいな言い方しないで」
強く言い切って私は自分のポケットの中を必死に探り、くしゃくしゃになった分包紙を取り出すと乱暴に開けて中身を口に放り込む。
さらに残ったコップの水を口に含み、意識が遠のいている透に強引に口づけた。
神様なんていない。透との関係をずっと悩んで、嫌というほど思い知った。けれど今はそんな存在に縋るしかない。
お願い、どうか……。
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