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あの後、父と母が帰宅し、目の前の事態に母は取り乱し父は急いで救急車を呼んだ。幸い、透は病院に運ばれすぐに処置をしたのもあり、命に別状はなかった。
私が持っていた解毒剤が効いたのも大きかったらしい。母から話を聞いたとき、透の思惑がわからなかった私は、念のためとこっそり解毒剤を調べて用意していた。
まさか、こんなふうに使うなんて……。
「もっと早くにすべてを話しておくべきだったわ」
憔悴しきっている母を父は支え、透の病室で申し訳なさそうに語りだす。透は憑き物でも落ちたかのようにベッドに横たわり静かに聞く態勢をとった。
私は透とは口が利けないまま、備えつけの椅子におずおずと腰を下ろす。
母には結婚前提で付き合っている人がいたが土壇場で相手が浮気し、問い詰めたら行方をくらましたそうだ。
それと同時に妊娠が発覚し、ひとりで生んで育てる決意をしていたところ職場の上司である父が親身に相談に乗って支えてくれたらしい。
「そのとき、すでに透のお母さんとは離婚していたんだ」
父の静かな告白に、透は目を見開く。私は母と父の顔をそれぞれ見たが、嘘をついている感じはしない。
なんでも透のお母さんが『好きな人ができた』と言って一方的に離婚届を突きつけ、透を連れて出ていったのが直接の離婚原因らしい。
「当時、仕事が忙しかったのもあるが、けっしてお前や母さんを裏切ったりはしていない」
父の瞳は真剣そのものだ。どこか悲しそうで、やはり透によく似ている。
離婚を切り出された父は、必死に考え直してほしいと話し合いを試みたが、透のお母さんけっして譲らなかった。
好きな人と比べられ、自分の至らなさをたくさん責められ、父は渋々離婚に応じたそうだ。
その後、何度も透に会おうとしたが透の母は頑なに拒否し、途方に暮れていたとき、同じように好きな人に裏切られた母をほうっておけなかったらしい。
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