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「飼ってない。とにかく帰れ。……もう、僕たちは終わってた。ずっと前から」  瑞人がそっと狼に目配せをすると、銀色の狼はしぶしぶ壮士の上から退いた。壮士が不機嫌そうに立ち上がる。 「……萎えた」  服を直しながらそう言い捨てて、壮士は玄関から出て行った。ドアが強い音を立てて閉まるとき、一瞬、外の雨の音がした。雨は強まるばかりだった。  瑞人はソファに寄りかかるようにして、ぺたりと床に座り込んだ。銀色の狼が、静かに近づいてくる。 「……ありがとう」  助けてくれて。そう言おうとしたが、声が掠れて出てこなかった。いつの間にか泣いていた。  無理やり押さえつけられたからだが痛い。なにより、心が。本当に壮士はこちらの感情など気にしていないことが、悲しかった。ひとり取り残されたこの感覚も。 「っ、う……っく……」  雨音がかき消してくれる。そう思うと嗚咽が溢れて止まらなくなった。  壮士も、畔原牧師も、勝手だ。勝手に僕の前からいなくなる。どうしようもない深い孤独が、溢れんばかりに胸を満たしていく。ずっとそばにいてくれる誰かなんて、どこにも存在しないのだ。僕は、たったひとりだ。  すり、と狼の鼻先が腕に触れた。瑞人ははっと顔をあげる。その漆黒の瞳は、まるでこちらを案じているようだった。瑞人がそっと手を伸ばすと、額をこすりつけるように狼が腕の中にもぐりこんできた。なめらかな毛の感触が、心地よかった。  狼は瑞人のうなじのあたりに頬ずりすると、そのまま頬の涙を舐めた。慰めるように。  その温度が心地よくて、瑞人はぎゅっと狼を抱きしめた。銀の毛皮越しに体温がしっかと伝わってくる。自分のそばにいてくれることに、どうしようもなく安心した。彼は、人ですらないのに。  狼は何度も瑞人の涙をなめては、案じるように鼻先をこすりつけた。そうされているうちに自然と眠気が込み上げてくる。心地よさのなかで、瑞人はそっと目を閉じた。  静寂と、狼の体温に、悲しみまでも吸い込まれていくようだった。
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