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   多少の抵抗はあるだろうと思っていたのに湊はあっさり出て行った。一言の文句もなく置きっ放しだったスーツニ着を抱え、呆気なく玄関を後にした。  かちゃん、と閉じたドアが悲しい。切ない。  おっさんのプライドに賭け、若者に道を踏み外させる訳には行かんなんて嘯いても、俺は結局どこかで湊が粘ってくれる事を期待していたのかも知れない。  ─────……いやいやいや、この未練たらしさがイカンのだ。  ボロ家をせっかく改装したくせに、親父が捨てなかった古いソファ。クッションのへたった座面に体を投げ出し、どこまでも沈んで行く心地で煙草に火を着けた。  ソファの前に鎮座する、これも古い炬燵に乗ったガラスの灰皿を引き寄せ……あの屈託ない笑顔ばっかり思い出してしまう。 『コタツ! コタツがある! 家具調コタツ!』 『勝手に入んな。動けなくなんぞ』 『動きたくない! おっちゃんとコタツでミカン食べる!』 『若いくせにベタか』 『じゃあコタツでハー◯ンダッツ!』 『贅沢言うなスーパー◯ップにしろ』  無邪気な笑顔、素直に甘えて来る仕草。そのくせ俺を包んでしまう長い腕の中は心底あったかくて癒された。永遠に続いて欲しいくらいのほのぼの感だった。  あーあ……年甲斐もなく泣きそうになるわ。  神さま仏さまは残酷だ。ここへ来て一生分の幸せ凝縮大放出とかマジでいらなかった。せめて二、三年掛けて小出しにしてくれてたらもう少しあの温もりを堪能出来たのに。  いやでも短期間で終わった事こそが救いかも知れない。せめてもの憐れみかも知れない。胸焼けするほど甘々に甘い生活が何年も続いたらそれこそ湊を手放せなくなった。  重ーくのし掛かって依存して、湊の未来をぐしゃぐしゃにした挙句嫌われて……ポイっと捨てられるネコじじいの惨めな姿を思い浮かべてみろ。今の方がまだマシだって思えるわ。  ニコチン0.3、タール3ミリのくせに一丁前に出る煙が目に沁みる。  軽いぶんメンソールはキツめのを探して。あと、少しでも爽やかなキスになるように演出したかった自分が情けない。  湊が可愛くて可愛くて、こんなにまで嵌まっていた自分も情けない。
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