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   剣道場を開いていた祖父と茶華道・着付け教室を開いていた祖母。二人は厳しくも優しい、そして正しい人達だったと思う。俺は好きだった。  が、その正しい人達が勘当するほど父親はクズだった。  表面上は普通の男だったし可愛がられた記憶もあるにはあるものの、祖母の生徒に手を出した上に妊娠までさせ、すったもんだの挙句母と俺を捨てた結果を見るにドクズとしか言いようがない。  そんな男を見限り、俺を連れてさっさと離婚してくれた母には幸せでいて欲しいと心から思っている。  ただ。  この町を出る時は本当に辛かった。母には泣くより笑っていて欲しくて言えなかったけど、引っ越すのは死ぬほどの悲しみだった。  だってこの町で暮らした幼少期最後の思い出は、その後の俺の人生を決定づけるほど温かいものだったから。 『自転車屋のおっちゃん』も『あらた』も、子どもでも本能で解るくらいのいい人だったから。 『由美子ねえちゃん、コイツうちがいいみたいだから預かるわ』 『俺より翔太のがよっぽど忙しそうだしなー』  あの時の俺は歓喜で踊り出しそうだった。いや、実際踊った気がする。 『ブウスケはなんでもよく食うなあ』 『見てるだけで幸せになるわ』 『みたらし団子食うか?』 『あ〜〜可愛い』  ぽっちゃり系小学生に『ブウスケ』なんてアダ名をつけるなんて今だったら叩かれ案件だ。酷い大人だ。でも当時の俺はちっとも嫌じゃなかった。魔人ブウも好きなキャラだったから寧ろ嬉しかった。 『あらた、オムライス食べたい』 『算数の宿題片付けたら特盛りの作ってやる』  一緒に風呂に入るのだって昔は拒否らなかった。脱衣所で交互に体重を測ったら細身のアラタは俺とほぼ同じ数値で驚愕した。 『だだだだいえっとするぅ!』 『ばーか。ブウスケはこれからどんどん大きくなるんだぞ。横に行ったぶん、そのうち縦に伸びるんだからちゃんと食え。何でもしっかり噛んで食え』  アラタが言った通り、中学で吹奏楽部に入ってチューバを吹くようになってから見る見る痩せてオスグッドに悩むぐらい身長が伸びた。入学後間もなく制服総サイズアウトは申し訳なかったけど、母は喜んで買い換えてくれた。
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