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   シャッターを開け、細長い店内に詰め込んだ陳列品の自転車や修理待ちのバイクを表に出す。外はまだまだ寒い。  着古したツナギはメーカー時代からのもので、親父がそうだったように油が染み付いている。手も、洗っても洗ってもやっぱり綺麗になる事はなく、短く切った爪の中まで黒っぽい。  湊の手は綺麗。  大学は二駅東、職場は五駅西。うちは駅から徒歩五分以内と立地だけはそれなりの物件ではあるけれど、エレベーターもないこんな狭小マンションの1DKに学生時代から住み続けるとは奇特としか言いようがない。  若いのに、どーゆー訳だかこんな片田舎で進学して就職して……都会に憧れとか無いもんかねー。 「アラタちゃんおはよう! 空気入れて〜〜!」 「おはよう、朝から何段重で配達?」 「三丁目の池田先生んち、お茶会なのよ〜〜」  由美子ねえちゃんは親父の従妹、まりっぺのオカンだ。駅前商店街にある和菓子屋に嫁いで数十年、今じゃすっかり女将さん稼業が板につきまくりだ。 「生菓子にこんなに注文入る事も滅多になくなったし、商店街も年寄りばっかりで半分以上はシャッター閉めっぱなしだし……麻里だって杏奈の習い事のついでだからってイオンイオンよ?まーったく世知辛いわよねえ」 「どこも一緒一緒、うちもいつどうなるか」 「そう言えばアラタちゃんの同級生! 斎藤さんちのお兄ちゃんとこの三人目ちゃん、今度一才になるのよ。イマドキは子どもも減ってるのに偉いわよねえ。一升餅でちゃんとお祝いするのもめっきり減ってるのにホント偉いわあ」 「……(来たなこの流れ)……」  由美子ねえちゃんは悪い人では決してない。が、俺の顔を見ると結婚は〜とか彼女は〜とかどこどこのお嬢さんが〜とか、兎に角言わなきゃいられないように女の子をおススメして来る。  残念ながら俺は女の子のように男に抱かれたいのよ……と心の中で百回は唱えた気がするなあ。 「○△生命の□◇さんがお見合いパーティしましょうって!」 「うんうん、楽しそうだけど時間大丈夫?」 「アラヤダホント! じゃあ今度チラシ持ってくるから! またね〜〜」  電動アシスト付き自転車を軽快に漕ぎ出した由美子ねえちゃんの背中を見送り、イマドキはお見合いも生命保険もヤクルトさんまでがネットに飲み込まれてるんだよ〜〜とこれも心で唱えた。
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