彼の家の玄関にはいつも1人の女性がいる

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初めて彼の家に行った時から、ずっと見えていたものがある。 彼は気付いていない様子で、いつも普通に玄関から家の中へと入る。 彼の名前は橘隼人。 2年前に実の妹を事故で亡くし、死んだように生き続けていたらしい。 私と隼人の妹さんは顔が似ている。 以前、写真を見せてもらったから知っている。 そして、彼と出会って初めて家に行ったあの日、私は見てしまった。 私と似ている顔の少女。 隼人の妹である紅葉(くれは)の亡霊を見てしまったのは…… 不思議と声は出なかった。 いや、驚きすぎて声が出せなかった。 隼人は気付いていない。 妹のことについて、私に話すけれど、本人を目の前にして話していることに、全く気付いていなかった。 何故私だけが見える? 私が別世界の彼女だからか? いや、もしそうだとしても、メリットが何一つとしてない。私よりも、隼人が見えていた方が絶対にいいはずなのに。 【お兄ちゃんには、私の姿は見えていない】 隼人と買い物をした翌日、隼人が友達である亮介と飲みに言ったその日、亡霊である紅葉が、私に声をかけた。 びくんと私は肩を震わせた。 それでも、視線を逸らすことはしなかった。 【私がここに止まっているのは、お兄ちゃんの中で、後悔が残っているから】 「後悔?」 【私を助けられなかったことに対して、ずっとずっと後悔している。罪悪感で押し潰されそうになっている。私のことが見える人に、初めて会った。私は死んでるからね。生者に私の姿は見えない。見えないはずだった】 「……私が別の世界の住人だからかな」 【ああ、初めて家に来た時に、お兄ちゃんと話していたね。本当にこの世界の人じゃないの?】 私はその言葉に頷いた。 嘘をつく理由などどこにもない。 【そうなんだ。それでね、私は別にこのままここにいてもいいんだけど、やっぱりさ、成仏したいじゃない? 私はこの世界に未練とかないんだけど、やっぱりお兄ちゃんのことが気になってね? もっとたくさん話しておけばよかったって思ってるの】 「ふふふ。未練たらたらじゃない」 【あはは。本当だね】 紅葉は笑った。それから言った。 【私が成仏するの、手伝って欲しいんだけど、良いかな?】 「私は別に良いけど、あなたは本当にいいの?」 【何が?】 「本当に成仏しちゃって。隼人ともっと居たいんじゃないの?」 【そりゃあ、ずっと一緒にいられるのなら、そうしたいけどーー】 紅葉は困ったように言葉を続けた。 【それだと、お兄ちゃんの時間は止まったままだから……】 「時間が止まったまま……? 彼の心の中にある罪悪感というものを、無くしたい、ってこと?」 【……ううん。私という人間に囚われないで、自分の生きたいように生きてほしいの。死んだように生き続けるんじゃなくて、大切な人を見つけて、そしてその人と幸せになってほしい。彼は必死にあなたを助けようとしているけど、それは彼だけであって、心はまだ動いていない。彼の心が動かない限り、私は成仏できない。私をここにとどめているのは、彼自身だからね】 本人が気付いていないのは、笑えるけど。と紅葉は笑った。 私も紅葉につられるように笑った。 その日の深夜、隼人が帰ってきた。 友達の亮介を連れて。 「隼人、おかえりない。どうして天羽さんも?」 「ああ、なんか色々と修羅場をくぐり抜けた後、何軒も回っていたら、こいつベロベロに酔って寝ちまって。起きねーから仕方なく連れて帰ってきたんだ」 「ああ、なるほどね。じゃあ、今日は私、ソファーで寝るから、2人でベッド使ってよ。元々私、居候だしさ」 「え、いやいや、お前まで俺と亮介をそういう関係で見るのか?」 何を言っているんだ、この人は。 「いやいや、そういう関係って。ただの友達でしょう? 他にどんな関係があるの。付き合ってるわけじゃないんでしょう?」 「確かにその通りなんだがーー」 「なら気にすることないじゃない。隼人は天羽さんと友達。他の誰が何て言おうと。そうでしょう?」 「そう……だな」 想像以上の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。その顔はやつれていた。 「隼人は大きいベッドでちゃんと寝て休んで。疲れをちゃんと癒やして。……ね?」 「…………分かった」 渋々だが、隼人は頷いた。 この様子の隼人に、妹さんのことを話したとしても、余計に情緒不安定になるだけだろう。 なら…… 「隼人はさ、妹さんのことを、どう思っているの?」 「……突然どうしたんだ?」 話が変わってのその質問に、隼人は少し動揺した様子を見せた。 「特に理由はないよ。ただ、聞きたくなっただけ」 本当は、紅葉に言われて、無理やり納得をさせているだけなのではないかと、思ったからだが、それは言わないでおくことにする。 それを言って傷付くのは、私ではなく隼人だから。 「妹のことは、ずっとずっと、大切な家族だと思っている。この家に帰る度、紅葉との記憶が蘇ってくる。泣いて笑って悲しんで。ケンカをして何日も口を聞かないということもあった。それでも俺はそんな紅葉のことが、何よりも大切だった。大切だったんだ」 それなのに…… 隼人はぐっと奥歯を噛み締めた。 「俺のせいで紅葉は死んだ。本当に死ななくちゃいけなかったのは、俺の方なのに。あんなに優しかった子がこの世を去って、誰からも必要とされていない俺なんかが、生き残った。俺はずっと、紅葉に謝りたかった。けれど、どれだけ願っても、それは叶わない」 それは違うよ、と私は思う。 死ななくちゃいけない人なんていない。 誰からも必要とされていないだなんて、そんなはずがない。少なくとも私は、あなたを必要としている。 紅葉も、そんな言葉を兄の口から聞きたくないはずだ。もしそこで紅葉ではなく隼人が死んだら、身代わりになっていたら……今の隼人の辛さを、紅葉が味わうことになる。 あなたはそれでいいの……? 訊ねたくて仕様がなかった。 聞いていいのなら、聞いている。 けれど、それは私が気付かせることではなく、直接本人同士が話した方がいい。 「ーー神様なら、妹さんとお話することが可能だと思う。神を通じて話すことも」 その言葉に、隼人は目を見開く。それから私の言葉を頭の中で繰り返し、やがてその表情が心なしか明るくなる。 「上手く神を説得できれば、だけどね」 「それでも、紅葉と話すことが可能なら……っ!」 「なら、それまで頑張ろう?」 私の言葉に、隼人は涙目になりながら頷いた。 私は思った。 紅葉が成仏できるのは、まだまだ先になりそうだ……と。 【続く……かもね】 * * * * 最後までお読みくださり、ありがとうございました! 本編が終わっていない状態で、書かせていただいたのですが、このお話は完全に裏話、になっています。なので、本編ではこのお話は出てきません。 続くかも、と最後に書かせていただいたのは、そのままの意味で、このお話の続きを書きたいと、私自身が思ったからです。 このお話を読んで、続きも読みたいと思ってくれる方が、少しでもいてくれることを願います。 それでは、また次のお話で会いましょうヾ(・ω・o) このお話を読んでくださり、本当にありがとうございました(o_ _)oぺこり
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