13話(2)

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13話(2)

 翌日は怯えながら過ごしていたため、動画の撮影はできなかった。たった1日の間に、ライバルである他のチューバーたちは動画を更新しており、咲の動画は一瞬で埋もれていく。焦燥感に駆られ、一刻も早く動画を上げたかった。 「でもネタ切れだしなぁ……あっ、生配信でもしよっかな。投げ銭もあるし!」  咲は仮面を装着し、早速生放送を配信した。 「どうもー、SAKIです! 今日は生放送。質問に答えていきたいと思いまーす! 恋愛の悩みとか何でもオッケーでーす」  視聴者数は10人。たまに2人、3人増えるが、少し覗き見をした通りすがりだろう。しかし0人になることはなかった。咲のコアなファンなのか、それとも暇つぶしに見ているだけなのか。 「あっ、コメントありがとうございます~! えーっと、最近夫が投資を始めたいって言っていて不安です。年収は2,000万円……」 ──はぁ!? 私への当てつけ!?  足をドンッと床に叩きつけ怒りを露わにしたが、フレームから外れているため相手には見えない。 「すればいいと思いまーす! ハイ、次~!」  咲は適当に流し、次のコメントを待つ。静まり返った部屋には、外を走る古紙回収トラックの宣伝音声が流れる。 ──盛り上がらないわ。やっぱり動画作りましょ。こんな昼間にやってもムダだわ  咲が生配信を終えようとしたその時、一件のコメントがついた。 「えーっと……あと10秒で着きます? どういうこと?」  咲が読み終えたタイミングで玄関チャイムが1回鳴った。その音に反応した体は硬直し、戦慄が走る。 「あ、あぁ、宅配かな~? もしかして宅配業者さん見ている感じ?」  無一文の咲が宅配を頼めるわけがない。咲の家のチャイムが鳴る条件はたった一つだけだ。再びチャイムが鳴らされ、ドンドンドンッと玄関が叩かれる。 「宅配じゃありませんよ~」 「ヒッ……!」  男性の声は玄関を貫通してワンルームの部屋に響く。ドアを振り向く咲の姿も生配信されたままだ。コメント欄は「リアル借金取り?w」「演技じゃない?」「よく生配信なんてやろうと思ったなw」と、視聴者が勝手に盛り上がっていた。 「家にいますよね? ライブ配信ですもんね?」 ──顔隠してたのになんで私って分かるのよ!?  焦燥感に駆られていた咲は、家の窓が開いていることに気付かなかった。外から見える風景で、ある程度マンションの場所は特定できる。さらに運悪く古紙回収トラックがスピーカーで宣伝しながら走っていた。その上、借金を抱えた女性で、一度面会したのことのある人物なら、男性も気づくだろう。  震える手を伸ばし、別れの挨拶も告げずにプツンと生配信を終了した。 ──演技じゃないわよ!  窮地に立ってしまった。さすがに居留守も使えないだろう。ここは正直に応答することにした。 「……はい」 「川上さん。連絡も取れず、お振込みもなかったのでご訪問させていただきました」  狐目の男性はにこっと笑い穏やかに話す。怒鳴られたほうがまだ良かった。ここまで来て怒りを露わにせず穏便に対応される方が恐怖だと、咲は鳥肌が立った。 ──なんで私がこんな目に! 「あ、あれから一度も入居者入っていないじゃない! どういうことよ!」 咲はモニターに向って怒鳴りつけた。恐らく外では音割れした咲の声が響いているだろう。 「それは竹之内様にお申し出ください」 「あいつ連絡つかないのよ! 事務所も変えてしまったようだし! あんた知らないの?」 「取引先の情報ですので。とにかく、お支払いいただかなければ困るのですが」  男性は表情を一切変えず、咲の怒り狂った質問に淡々と答えていく。 「今はないのよ! 帰って!」 「そうですか。では明日また来ますので用意しておいてください。あぁ、私ではない者が来ますので、よろしくお願いします」  男性は小さく一礼して去っていった。 「やばい、やばすぎる……!」  金の喜平ネックレスを何重にも首にかけて、カラーシャツを着たパンチパーマの男性を咲は想像した。今時、アニメや漫画に出てきそうな風貌の借金取りがいるのかは分からないが、とにかくその手の者が来ることは間違いないだろう。 「無理よ! 今月の稼ぎもないのに!」  収益は2,000円に上がっていたが、振込下限額に達していないため咲の手元に現金は来ない。2,000円を得たところで払えるものなどないのだが。 「とにかくこの家にはいられない! 逃げなきゃ」  咲はトートバッグに入るだけの荷物──コスメと替えの服が数点ぐらいだが、それらを詰め込んで夜逃げを決行した。  男性に声をかけ、ホテルでも家でも連れて行ってもらおうかとも考えたが、どこでローン会社の人間と繋がっているか分からない。痕跡を残さないためにも、目立たぬようひたすら河川敷を歩き、隣町に到着した。 「さすがに疲れたわ……人も歩いていないし声もかけようがないわ」  ファミレスやネカフェに行くお金もない。咲は河川敷の橋の下で野宿をした。
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