01話(3)

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01話(3)

 ロビーを通過し、エレベーターの前に立つと、背後から藤山が声をかけてきた。 「川上さん、大丈夫だったか?」 「えっ、はい。ありがとうございます」  どうやら藤山はロビーで待ってくれていたようだ。藤山は「良かった」と小さく微笑みを返した。 「藤山さん、先に行ってくださっても良かったのに」 「ん? ロビーで待ち合わせて行く予定だっただろう? このビル、結構広いからさ。入りたての時はよく迷っていたよ」  藤山は、咲が派遣会社の社員に連れられ、面接を受けた時に対応してくれた面接官だ。会社で初めて派遣社員を配属するらしく、何かと面倒を見てくれていた。今日もロビーで待ち合わせてから一緒に行こうと提案してくれていたのだった。 ──そうか。ここは1年前だから、知らないフリをしないと怪しまれちゃうな 「そ、そうですよね! 迷っちゃいますよね〜……はははっ」  作り笑顔は大得意だ。初めて出会う男性の前では、何十回も何百回も嘘偽りしかない笑顔と言葉を振り撒いていた。 「無理はするなよ。何か困ったことがあったら、なんでも聞いてくれ」  咲の横に並んだ藤山は、口元を上げて優しい目をしていた。先ほどの挙動不審だった咲の行動も受け流してくれているようだ。 ──あれ、藤山さんって意外に身長ある? ……それに笑顔も悪くないかな  藤山の顔もイケメンとそれ以外で分類するならば、イケメン枠に入る。顔立ちがはっきりとしている悠馬とは違い、優しく甘い顔立ちだ。外見のみで判断すれば、当時の咲も目星をつけていただろうが藤山には足りないものがあった。権力や役職、つまり年収だ。  年収の低い相手はいくら外見が良くても、咲のターゲットリストには入らない。  8で止まっていたエレベーターの表示が7、6……とカウントダウンを始め、1が表示されたと同時にエレベーターの扉が開く。少し前を歩く藤山の背中を眺めながら、咲はエレベーターの中に入っていく。藤山は10階を押し、奥の壁に背をつけた。咲は藤山の斜め前に立ち、定員オーバーになるまで、じっと待つ。  しかし咲は内心焦っていた。このままでは何も変わらない人生が待っている。 ──転生したのに、なんでいい人生が送れないのよ! ──アニメや漫画だって転生した人間は大体ハッピーエンドじゃない!  エレベーターが詰まり、咲は半歩後ろによろけてしまい、藤山の胸元に頭を打ちつけてしまった。しかしこの瞬間、咲のイケメンレーダーが反応し、藤山の身長を把握した。 ──やっぱり高いわ! 180cm越え! 「大丈夫か? 朝のエレベーターは混むから」  周りを配慮した藤山の優しくて低い声が耳元にかかる。咲はゾクゾクっと全身に鳥肌が立った。 ──いい!   そして藤山の顔をあえて見上げ、「すみません」と呟く。しかしこれは藤山の顔を近くで洞察するための作戦だ。 ──合格!  咲はごくりと固唾を飲み、エレベーターが混んでいることを口実にそっと藤山の胸に体を預けた。柔軟剤の香りだろうか。シトラスの爽やかな匂いがふわっと咲を纏った。  エレベーターの扉が閉まり、グワンっとエレベーターがロープで持ち上げられる。職場までの10カウント内で咲は頭をフル回転させ、悠馬に崩された人生計画を再構築する。   1 ──私がトイレに行ったけれど、一緒に職場へ向かっている点は転生前と同じ 2 ──となると、少し違うことをしたぐらいじゃ運命は変わらない 3 ──つまり今の時点では悠馬さんと付き合うことは必須 4 ──でも悠馬さんがいるこの職場で事を大きく変えれば、きっと運命は変わっていくはず 5 ──どうして気づかなかったの、咲。悠馬さんより素敵な男性いるじゃない 6 ──年収については今だけ目を瞑ってあげる。だって1年後には課長だもの 7 ──しかも悠馬さんよりも若くして課長よ? 当然、将来有望なのはこっち 8 ──まずは周りの女どもを蹴散らさないと。全員潰してやるわ 9 ──ふふ、転生も悪くないわね。この人生、私の勝ちは決まり 10 ──藤山さん、逃がさないから  咲は肩を振るわせ、悪魔のようなにやけ顔が止まらない。咲の肩に手を乗せていた藤山はサッと手を引き、小さく払った。そして強烈な寒気を感じた。  ゆっくりとエレベーターの扉が開く。川上咲、転生後の婚活が開幕された。
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