13話(1)

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13話(1)

「初めまして! 借金チューバーのSAKIでーすっ!」  眠りを誘う太陽が差し込む昼下がり。顔バレ防止のために、仮面舞踏会でつけられていそうなアイマスクを装備した咲が、ソファに座って元気よく挨拶をした。チューブと呼ばれる動画配信サイトに投稿するための1本を撮影しているのだ。  クビになって数週間。先月の給与も8日分しか入らず、家賃で消えた。無一文の咲であるが、アルバイトやパパ活など小銭を稼ぐ時間も惜しく、一攫千金を狙って動き出したのだ。 ──馬鹿にしてきた奴ら、みんな見返してやるわ。見てなさい! 「借金は2,500万円! あぁでも少し返済していたから減ってるんだけど、今はちょーっと返済もピンチなんだよねぇ」  自身の借金経験談を収益化しようと試みている。同世代独身女子の借金動画は市場ではあまり見かけず、差別化を図っているかのように思えるが決して作戦ではない。咲にはもうこれしかなかった。ハイブランドのバッグやコスメ、美容グッズも借金返済のために売り捌いてしまい、動画にできる素材は何もない。身一つだけが頼りだ。 「ま、そんなわけで! 今回は私が借金を抱えた秘密を明かしていきたいと思いまーす!」  御堂との出会いをシリーズ化して、10分ほど話を進めていく。 営業部で培ったトーク力が発揮されたのか、初回にしては出来の良い1本が仕上がった。停止ボタンを押し、撮影を終了する。 「あとはテロップ入れて投稿するだけね」  スマホの無料編集アプリをダウンロードし、動画の編集を進める。細かい作業に疲れ、数十分の寝落ちを繰り返しながらも、日を跨ぐ前に完成した。 「やっぱ私ったら天……才……」 マイページに動画の掲載がされたことを確認した瞬間、ソファの上で深い眠りについた。  翌朝7時45分。未だに八友商事に勤めていた時の習慣が抜けないのか、当時と同じ時刻に目を覚ました。床に落ちたスマホを取り、マイページを確認する。 「えっ、早くも1万回再生!? 初回にしてはすごすぎない?」  多額の借金を抱えた女性が明るく話していることがウケたのか、SNSでも小さく話題になっていた。初回から再生数を稼ぐ自分が誇らしく思え、億万長者になった自分を妄想して優越感に浸った。 「でも登録者数は100人ちょっとか。ボタンひとつなのになんで押してくれないのかしら!」  登録者数も増やさなければ、動画に広告がつかない。収益化するには登録者数や総再生数の数字が必須だ。 「まぁ数を重ねていくしかないわね。このまま毎日数本、投稿していけば余裕でしょ!」  そこから咲はペースを早め、毎日2~3本の動画を上げていく。御堂シリーズ全8話、美容マシンやエステで抱えたローンの話やパパ活の話。とにかく転生後に経験したお金にまつわる話を撮影した。御堂シリーズが少しだけ人気になったおかげで広告がつくようになったが、1再生あたりの収益は0.1円。10回再生されて、やっと1円だ。広告がついた後に得た収益は1,000円にも満たなかった。 「ちょっと、早くお金もらわないと困るんだけど!?」  現段階の収益はイマイチだが、動画は伸びてきている。今や億万長者の人気チューバーも最初はゼロからスタートしているのだ。ここで諦めるわけにはいかない。咲はスマホを睨みながら、充電器に差した。この間にシャワーを浴びようと風呂場に行き、靴下を脱ぐ。するとタイミング悪く、玄関のチャイムが1回鳴った。 「誰? 宅配とか頼んでないし。まぁ宗教勧誘とかセールスとかそんなんよね」  咲は無視して服を脱ぎ、後から回す洗濯機の中にそのまま放り込んだ。チャイムがもう1回、今度は2連打された。 「しつこいんだけど? 誰?」  咲は下着姿のまま、ワンルームの部屋につけられた玄関モニターを確認した。そこにはグレーのスーツを着た30代ほどの男性が立っていた。 「なんか見たことある……」  今まで出会ってきた男性を浮かべるが、顔が咲のタイプでないことからデート相手からは除外された。デート以外で覚えている男性など八友商事の社員か御堂関連のどちらかに限られている。 「思い出した! この人、竹之内さんが紹介してくれた貸金業の人だ……」  咲がマンション投資を行うにあたりローンを組む必要があった。銀行でも良かったのだが、手続きが面倒であり審査に時間がかかる。竹之内の紹介先であれば、審査基準も緩く、そして金利も低かった。それに竹之内に信頼を寄せていることが行動で分かれば、御堂からの好感もアップする。 将来的に御堂が返済をしてくれることから、あまり深く考えずにローンを組んだ。渡された契約書にもざっと目を通しただけでサインをした。  モニターから目を離さず、男性の帰りを待つ。チャイムが再び鳴らされ、体がびくりと跳ね上がった。 ──早く帰ってちょうだい、もう少し待ってくれたらお金入るからっ!  男は観念したのか、スッと画面から消えた。 「はぁぁ……なんで私が借金に追われなきゃなんないわけ……」  数日前、見知らぬ番号からの電話を着信拒否したが、恐らくローン会社の者からだろう。ドアにつけられたポストにも、ローンの督促状や電気代の請求書などが溜まっている。滞納しているライフラインもそろそろ止まってしまう頃だが、ポストからそれを出したところで支払えるわけでもない。せめて動画に必要な電気代は捻出したいところだ。 「でもここでバイトを始めるのも負けた気分だわ」 プライドの高い咲は、今までの仕事よりも低収入のものはしたくなかった。はぁと深いため息をつきながら風呂に入った。  風呂から出た後、2本の動画撮影とその編集であっという間に10時間が経過した。食事はスーパーのおつとめ品コーナーで見つけたカップラーメンだ。完成された動画を再チェックしながら、ずるずると麺をすする。 「今日の出来もなかなかいいんじゃない?」  動画は消え、画面がパッと通話に変わりスマホから着信音が鳴る。そこには知らない番号が表示されていた。恐らくローン会社の者だろう。咲は着信が終わるのをただひたすらに待った。電話を切ってしまえば、通話に気付いている合図になる。 ──しつこいわね!  そして通話が鳴りやまない中、玄関チャイムが鳴った。 「やばっ!」  咲は慌ててマナーモードにし、机に響く振動音を消すためにクッションの上にスマホを乗せた。そして音を立てぬようカップラーメンを机に置き、咲は忍び足でそっと玄関モニターに近づいた。 ──またコイツ!  今朝と同じスーツを着たローン会社の男性だった。再びチャイムが鳴らされる。スマホも震えたままだ。 ──早く帰ってよ!  男性が手にしていたスマホをタップした。何をしたか分からないが、同時に咲のスマホが鳴りやんだことから着信は彼だったのだろう。男はそのまま去っていった。  咲はベッドに飛び込み、頭を枕で覆った。 「うるさい! うるさい、うるさい、うるさーーーい!!」  すでにチャイムも着信音もしない無音の部屋だが、咲の脳裏で鮮明にこだましている。枕で頭を叩き、足をバタつかせ、必死に音をかき消す。精神的苦痛が咲を蝕み始めた。
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