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新幹線から在来線へと乗り換えて1時間半、ようやく実家のある駅に着いた。駅前のロータリーに停まっていたタクシーに乗り込み自宅を目指す。窓から見える景色は、気ままに混ぜ合わせた絵具の色のように、暗めの色が過ぎゆくが懐かしい。空一面に広がった夕映えの中、一見昔と寸分違わぬように見えるわが家の前で降りる。
「帰ったよー」
だいたいの到着時間は母に連絡しておいた。
「は~い」
奥から母が出てきた。およそ10年ぶりに見る母は、しっかり10年分老けていた。自分が置き去りにしてきた時間の重さがそこにはあった。
「やあ、お前もすっかり貫禄がついたねえ」
お腹当たりを見ながら言われ、思わず竜也は腹をひっこめた。
「ただ太っただけだよ」
「そんなこともないだろうけど、とにかくあがって」
緑の匂いが胸にたちこめる。
懐かしいわが家に入ると、やはり心が安らぐ。
「親父は?」
「釣りに行ってる。お前にお刺身を食べさせようと思っているらしい」
「はは。期待しないで待っておくわ」
「そうだね。まあ、とにかく今回はのんびり過ごせばいいさ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
「部屋は2階ならどこを使っても構わないから」
「そう。じゃあ、とりあえず2階に行って見る」
そう言って2階にあがると、自分が高校生の頃まで使っていた一番奥の部屋に入る。きれいに片付いてはいるけれど、当時使っていた机や家具類はそのままだった。もちろん、以前に帰った時も同じだったのだろうけど、しばらく帰らなかったため、ひどく懐かしい。
荷物を置いて、とりあず仰向けに寝転ぶ。畳の匂いとともに、この部屋で過ごした時間が蘇える。記憶の奥から、忘れていた、いや忘れようと思っていた、懐かしくも甘く切ない思い出がぽんと飛びだしてきた。
-その証はきっと今もあの押し入れに入っている-
-見て見たい-
その時、階下から聞こえてきた親父の野太い声で思考は中断された。
「お~い、竜也。降りて来いよ」
「は~い」
下に降りていくと、白髪頭の10年分老けた親父が、それでも健康そうな笑顔で迎えてくれた。
「おい、なんだ、その腹は。まだ若いのに」
竜也の腹辺りを指さし、笑いながら言われ苦笑するしかない。
「いやあ、運動不足でさあ」
「どうせ不摂生してるんだろう。こっちで健康的な生活に戻すんだな」
「そう思って帰って来た」
「よし。しかし、見て見ろよ。俺の腕もまだまだだろう」
自慢げな顔でボックスに入った釣果を見せる。
「すごいね」
と、そこへ母が様子を見にやってきた。
「あら、今日は珍しく釣れたのね」
「珍しくとか言うなよ」
さっきまでの勢いはどこへやら、急に声のトーンが落ちた。相変わらず親父は母にだけは弱かった。
その夜の食卓には、親父の釣ったイサキの刺身やアジのたたきをメインに、地元の野菜料理や竜也の好物のハンバーグなどが並んだ。どれもが新鮮でかつ愛情たっぷりで、とにかく美味しかった。
海外生活や東京暮らしの中で溜め込んでいた気持ちの中のざらざらしたひび割れみたいな部分が癒されていく。
両親からは海外赴任中の出来事や日本に帰ってからの生活について、あれやこれや質問され、その一つひとつに答えていた。
「もう海外へ行くことはないのよね」
母はそのことが一番気がかりだったようだ。
「うん。もうない」
安心したような母。
自分を見る視線が和らぐ。
隣にいる親父がそれを受けて言った。
「じゃあ、そろそろ再婚を考えたほうがいいぞ」
電話で母にも言われた。両親にとってはそこも気になるのだろう。
「う~ん。そうだね…」
自分でも考えてはいる。だけど、今のところそういう相手がいない。
「山本君もこの間再婚したわよ」
母が追い討ちをかける。竜也が小中学校時代仲良くしていた山本康介のことだ。4年前に離婚したと聞いていた。
「ええー、そうなんだ。あいつ、案外早く再婚したんだね」
「そうよ。というか、あんたが遅いんだよ」
「わかった。真剣に考えるよ」
「そうして頂戴」
命令口調で言われ、苦笑するしかない。
「そう言えば、というか、話は変わるけどさあ」
話題を変えたかったのもあるし、両親に情報を訊きたかったのもある。
「何?」
「小日向さんちの葵ちゃん、今どうしているか知ってる?」
「さあ、どうだろう。東京に行った後のことは知らないよ」
母親があまり関心なさそうに、というか曖昧な笑みを口元に湛えて答えた。
「ふ~ん」
葵が東京に出た数年後に母親も東京に出たらしいという噂は聞いていた。だから、その後が知りたかったのである。
「蓮沼の親父さんに訊いてみたらわかるんじゃない。お父さん同士が親しかったようだから」
父親が母親の顔を見ながら言った。
思い出した。
母は葵の父親が嫌いだった。
「そうなんか…」
「まさか、お前、葵ちゃんのこと好きだったのかい」
今度は母親が戸惑いのせいか目を丸くして言った。今さら気づいたのかと竜也は、母親の鈍さに驚く。
「別にそういうわけじゃないよ」
「ふ~ん」
母親の顔には疑いが含まれていた。
ガラス戸の向こうの蒸れた景色がゆらりゆらりとうごめく。
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