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1-6
翌日、父親から聞いた蓮沼家の番号に電話して見る。
「はい、蓮沼です」
女性の声だったが、誰だかわからない。
「あのお、私、小、中学校時代に蓮沼百合さんと同級生だった松本竜也と申しますが」
「竜也?」
「ん?」
「私、百合よ」
「えっ、なんで百合がいるの?」
何とひどいことを言ってしまったのだろう。百合も自分と同じように夏休みに実家に帰っているだけかもしれないのに。
ところが、百合は違う意味に捉えたようで、言わなくてもいいことを言っていた。
「諸事情がありまして、今またこちらに身を置かせていただいております」
「ひょっとして、アレ?」
「そう、そのアレ」
百合も東京に出て結婚したと聞いていたが、どうやら自分と同じで離婚したらしい。
「俺と同じだ」
「ええー、奇遇ですねえ」
「あんまり嬉しくないけどね」
離婚したもの同士の気安さが出てしまう。
「まったくよ。で、今日は何の用?」
「実はさあ、葵のことなんだ。昨日帰省して昔のアルバム見てたら、今頃どうしてるかなと思っちゃって。それで、両親に話したら、なんでも百合のお父さんと葵のお父さんが親しかったから訊いてみたらって言われて電話したんだ」
「そういうことね。だったら会わない。私も父親から情報仕入れておくからさ」
「ありがとう。じゃあ、そうしよう」
せっかくなら百合とも会いたいと思った。それに百合自身も葵のことを知っているかもしれない。
2日後、二人は駅前に最近できたという、わりとおしゃれな喫茶店で向かい合って座っていた。
「しかし、お互いバツイチになっているとはなあ」
「いきなりその話題から入るのやめてよ」
「ごめん、ごめん。でも、なんかおかしくてさあ」
「笑いごとじゃないわよ、まったく。そんなことより、今頃になってなんで葵のことが気になったの?」
「深い理由はないし、自分でもよくわからないんだけど、なんだか無性に気になっちゃって」
「ふ~ん、竜也って、葵のこと大好きだったもんね」
「なんかそう言われると恥ずかしい気もするけどね」
「私もいろいろ聞かされたわよ、竜也のこと。葵から」
「えっ、そうなのか? 何を?」
「あんなことや、こんなこと」
「何だよ、それ」
葵がどこまで百合に話していたかはわからないけれど、葵のことだ、二人だけの思い出は話していないだろう。
「で、どうしたいわけ?」
「う~ん。消息を知りたいと思ってる。その上で、もし彼女が会ってもいいと言ってくれたら会いたいと思ってる」
「呆れるくらい好きだったのね」
「その言い方やめてよ。でもさあ、大人になってからの好きと、当時の好きって違うじゃないか。俺にとっては、当時の好きっていうのは、すごく尊いって思えるんだよね」
「そんなこと言ってるからバツイチになっちゃうのよ」
「痛いとこ突くね。でも、離婚はそういうのとは全然違う理由だから」
「あら、そうですか。ちなみに、葵が東京へ行く日に、私、竜也のところに電話してコクったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「へえー、覚えてるんだ。でも、竜也つれなかったわよね」
「だって、しょうがないだろう。当時の俺、葵のことで頭がいっぱいだったんだから」
「はい、はい。どうせそうでしょうよ。それでね、父親から聞いたんだけど」
「うん」
「葵の父親とは高校時代の友人だったみたい。頭は良かったけど、ちょっと変わったところがある人だったって」
「そうなんだ」
「でも、家が近かったんで交流はあったようよ」
「葵のことで何か聞いている?」
「葵のことは異常と思えるくらい可愛がっていたようよ」
「ふ~ん」
「だから、葵が芸能事務所に入って東京へ行くと言い出した時は大変だったみたい」
「そうだろうな」
「葵の意思が固かったのと奥さんの説得で認めることになったようだけど…」
「うん。そこは葵から聞いている」
「そうよね。でも、それ以来夫婦仲が悪くなって、奥さんは奥さんで葵のこともあって東京に出ちゃったみたい」
「そう」
「それでね。しばらくして父親のほうも東京に出たようなんだけど、以来連絡が取れなくなったって。うちの父親から仕入れられた情報はそこまで」
「そうなんだ。ありがとう」
「いえ、どういたしまして。それで、この後どうするつもり?」
「俺はさあ、高校の途中でアメリカに行っちゃったじゃない。それに、もともとテレビとか見ない家庭だったんで、葵の芸能活動の状況がわかってないんだけど、その点、百合はわかっているんだろう。教えてほしい」
「ああ。そのことね。聞きたくないかもしれないけど、事実を話すわね」
「もちろん、そうしてくれる」
「わかった。私が知る限り、葵が芸能界で活躍している形跡はないわ」
「そうなんだ…。葵は夢を叶えられなかったのか。辛いな。もっとも、俺も夢を叶えられたとは言えないけど」
アメリカの大学に留学するまでは予定通りだったけれど、MBAを取得して、その後アメリカで起業するという夢は叶わなかった。
「でもさあ、夢ってそんなものじゃない。夢を100%叶えられる人なんてほんの一握りの人だよ」
「そうかもね」
「そうだよ。だから、葵もきっと途中で夢を変えて、今では誰かと結婚して普通の可愛い奥さんになつていたりするんじゃないの。ひょっとして、それも妬ける?」
「いやいやいや。それはそれで嬉しいよ」
「そう…。もし、そういう状況でも会いたい?」
「葵さえOKだったら、もちろん会いたい。青春ど真ん中の思い出の確認のために」
「どこまで好きなのよ。半分くらい私に回してくれていたら良かったのに」
「その話はもう勘弁してよ」
「わかったわかった。じゃあ、葵のその後、私が一緒に調べてあげるよ」
「どういうこと?」
「私、そろそろ東京に戻ろうと思っていたところなのよ。いつまでもこっちで燻ってるわけにもいかないじゃない」
「田舎って、周りがうるさいしね」
「そうなのよ」
「じゃあ、悪いけどお願いするよ」
「わかった。それに私思い当たるところがあるのよ」
「それは心強い。せっかく久しぶりに帰ってきたんで、あと4日間はこっちにいるけど、その後東京に戻る」
「了解。じゃあ、その日に私も一緒に行くことにするから」
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