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「よっ。お疲れさん、原田」
気さくな呼び声に振り返ると、同期の川村が立っていた。ここ一週間近く出張に出ていた彼は、ようやく今日、職場に戻ってきたところだった。
少しだけ心が余裕を取り戻す。
「聞いたぜお前。先週の会議のプレゼン良かったらしいじゃん。珍しく課長が絶賛してたって、もっぱらの噂だぞ」
あの課長がそんなことを、と驚くと同時に、微かな違和感を覚える。少し遅れて、今起きたことを理解した。
一瞬、色眼鏡が赤くなったような……。
「てか、またなんか落ち込んでるのかよ。いちいち気にするなって。俺らみたいな無能組はさ、足並み揃えて低空飛行といこうぜ」
今度ははっきりと、眼鏡は灰色に色を変えた。言葉と感情のギャップに驚くあまり、何も返事を発せない。
目の前の川村は相も変わらず、俺がお前の唯一の理解者だと言わんばかりの顔で、言葉を紡ぐ。
「万一お前が首になったら、俺も辞めてやるからよ。そしたら二人で、今流行りのユーチューバーにでもなろうや。ピンチが一転、一躍大スターのチャンス到来ってな」
また、灰色。川村の本心を垣間見て、哲也は唖然とするしかなかった。
「なんだよ、泣きそうな顔して。とにかく、俺はお前の味方だからな」
灰色の視界を通した川村の言葉が、文字通りの意味で哲也に届くことは、もはやなかった。
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