間違ってますよ、生霊さん

1/6
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「多分ですが、取り憑く人、間違えてると思います」  深夜0時を過ぎ、寝ようとした矢先にやって来たのは生霊だった。  ——それにしてもドジな生霊がいるものだな。わたしの背後で彷徨(うろつ)くソレに、わたし冷ややかな視線を送る。  生霊はなぜか慌てふためいて、わたしの正面へ回ると顔を近付けて睨んできた。   「あんた、何で俺が見えるんだよ」 「わたし霊感強いんです。幽霊、カラーで視える方なんで」 「……そんな話聞いたことないけど」 「実際いるんです」 「そ、それより俺のこと見えんなら、なんか言うことあるだろ!? お前生霊に取り憑かれてるんだぞ!?」 「そうですね。ただ、わたしとあなた、初対面ですよ?」 「——え?」  生霊は一瞬間を置いて、訳がわからないという表情をわたしに向けている。まあそうでしょうね。普通は心根から恨み憎んで相手を呪うのに、その相手から初対面だと言われたら驚くかもしれない。  中には会ったこともない浮気相手や不倫相手を呪うことがあるとは聞いたことがあるけれど——ただ、この生霊はおそらく顔見知りを呪おうとしているんだと思う。  そしてその相手は大体見当がつく。 「ちょ、何言って……」 「多分ですが、あなたの呪いたい人はわたしの姉です」 「あ、ね?」 「はい」  わたしは一拍置いてベッドに腰掛ける。ギシリと軋むストリング音を聞くと、早く寝たいという思いが駆け巡る。 「双子の姉です。わたしは妹。顔や背格好もそっくりですが、わたしは目の下に黒子があります」  そう言って顔を寄せて生霊に見せてやる。左目の下、目尻辺りにぽつんと1つ黒子があり、親や友人たちはこれでわたしたち姉妹を見極めていた。  生き霊はわたしの顔をマジマジと見つめる。そしてフラフラと床に座り込み、誰が見ても——生き霊だから視れないか——わかるほど肩を落とし落胆している。 「姉の仕事柄、勘違いしても仕方がないと思いますが……キャバ嬢に恋したらダメだと周りの人から言われませんでした?」 「……こ、恋はしてない」 「優しくて親切で、あの笑顔は俺だけのものだ、なんて思ってはいないでしょう?」 「そんなこと……思ってないし」 「仕事ですからいろんなお客さんとも話しますし……というかそれが仕事ですから。営業トークを間に受けて勘違いして生き霊飛ばして呪ってたらいい迷惑です」 「だから! そんなんで恨んでないんだよ!」 「じゃあどうして生霊なんかに?」  そこから先は何も言わず押し黙り、段々と小さくなっていく生霊にため息しか出ず、わたしはそそくさと布団に入る。それに気付いた生霊が、わたしの肩をガクガクと揺らしてくる——いい加減寝かせてほしい。 「おい! じゃあ俺はどうすればいいんんだよ!」 「知りませんよ。早く姉への未練を断ち切ってください」 「無責任なこと言うなよ、乗りかかった船だろ?」 「——取り憑く人を間違えたの誰ですか。わたしは寝ます。明日また話しましょう。とりあえず……考えはありますので」 「ぜーーーーったいだぞーーーーーーーーっっっ!!!」  わたしにしか聞こえないだろう絶叫が部屋中に木霊したのだった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!