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雨が降っている。
あの日からずっと。
止まない雨が。
シートにもたれながら水槽の中ような世界を黙って見ている。
「よく降りますね」
さっきからバックミラー越しにそんな城野の様子をチラチラと窺っていた運転手が言った。
「……」
「そろそろ梅雨入りですかね」
「……さあ……」
運転席に視線を向けることさえしないで、投げやりに城野は答えた。
それはもう話しかけてくるな、という意思表示だった。
それを察した運転手は、それ以上もう何も言わなかった。
二、三日前から続いた微熱は城野から体力と思考能力をゆっくりと奪っていった。
苦しい呼吸で頑なに外を見つめ続けていた彼の瞳が一瞬見開いたのは、見慣れた背中を水槽の中に見た気がしたからだった。
それが求める姿かどうか確認する前に、タクシーはあっという間にその背中を追い越して行ってしまった。
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