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 練兵場で兵たちを相手にひとしきり暴れた後、井戸で軽く汗を流してから後宮へと足を向ける。  たった一つの出入口である堅牢な門の手前の管理所で面会の手続きをし、通された部屋で待つ。  そうしてやって来たのは一人の妃嬪(ひひん)とその侍女二名、それから付き添いの宦官が一名。  妃嬪が恭しく頭を下げる。 「蘇芳の君、お久しゅう存じます。ご健勝そうでなによりですわ」 「叔母上、あまりそう畏まらないで頂きたいと何度も申し上げているのですが」 「まぁ! いやですわ、蘇芳の君ったら! 叔母上だなんてお呼びにならないでくださいな。義母(はは)と呼んでは頂けませんこと?」  また始まった。  この叔母は、義母と呼んで欲しい、さもなくばこの態度は崩さない、と言わんばかりに毎回このやり取りを繰り返すのだ。  そして毎回負けるのは俺の方である。  実の母を幼子の頃に亡くした俺を引き取り育ててもらった恩がある故に、頭が上がらない。  俺としては、放蕩だの何だのと評判がよろしくない俺とは距離を置いて巻き添えを食わぬよう身を守って欲しいのだが。  しかしこの人は、むしろ巻き込めとばかりに距離を詰めてくる。 「さあさあ、蘇芳の君?」  叔母上と、その後ろにいる歳上の方の侍女から笑顔の圧をかけられる。  もう一人の侍女と宦官も、いつもの事と静観を決め込む構えだ。  逃げ場はなかった。 「…………義母上」  また負けてしまった。  叔母上、いや義母上はと言えば、満足そうな顔で頷いている。  歳上の方の侍女────俺の乳母も同じだ。  なぜそれほどまでに義母呼びに(こだわ)るのか。 「わたくしはね、蘇芳の君。嬉しいのですわ」 「嬉しい、とは?」 「姉様が亡くなってしまって、悲しくて、寂しくて。でも、貴方を託された。それにね、ほら、わたくしってば寵愛(ちょうあい)はたまわったけれど子がいないでしょう? だから、貴方がわたくしの子でいてくれて、とても嬉しいのよ」  なぜそれを今?  そう思ったのが顔に出ていたのだろう、義母上は顔を曇らせてその理由を口にした。 「なんだか、嫌な予感がするの。言うまでもないかもしれないけれど、どうか、くれぐれも、気をつけてくださいな。それから、この義母がついていること、忘れないでくださいませね?」 「ご忠告、感謝申し上げます。佳閃もいるので、大丈夫だと思いたいところですね」 「まぁ。そうね、佳閃はとっても優秀だもの。彼は元気にしているかしら?」 「それはもう。先程も叱られましたよ、ふらふらするな、と」  あらあら、と少女のようにくすくす笑う義母上と、ため息をつきそうになるのを堪えている表情の乳母。  ため息をつかれる相手は俺か、彼女の息子である佳閃か。  俺だろうな、間違いなく。 「葉昭儀(しょうぎ)、そろそろお時間です」  空気に徹していた宦官が口を開く。 「まぁ、もうなの? また来てくださるかしら、蘇芳の君」 「構いませんよ」 「本当? 嬉しいわ、またお話しましょうね」 「お約束します」  上機嫌に、義母上は後宮に帰って行った。  俺も小うるさい侍従のいる自分の宮に帰ろうと、重い腰をあげる。  帰ると案の定、佳閃にどこに寄り道していたのかと小言を言われたのであった。
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