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 雲に隠された満月の下、耳が痛いほどに静まりきった廊下を一人歩く。  目的地に向かって踏み出す足は重いのか、軽いのか。  奥へ、奥へと進んでいく。  その先にあるのは、豪奢(ごうしゃ)な部屋……に見せかけた檻。  いくつかの部屋があるその空間は、設備が整えられており、そこだけで不自由なく暮らすことができる。  たった一つの鍵を使って中に滑り込み、内側から鍵をかけ直す。  最初に入った部屋には目もくれず、さらに奥へ行く。  一番奥まった部屋に設えられた寝台。  そこに腰かけている人物。  滝のように流れ落ちる翡翠の髪と、揃いの色の瞳。  絵に描かれた神仙のように、現実離れした美しいひと。  淡く浮かべられた微笑が、何物も映さない空虚な瞳が、その感情を読み取らせることを拒む。  心臓が軋むように痛い。  そんな資格など、俺にはないというのに。  この美しいひとに拒絶される理由をつくったのは、他ならぬ俺自身だ。  ただ、愛したいだけだった。  そして叶うことならば、愛されたかった。  今さら気付いたって遅い。  後悔したって遅い。  床に零れ落ちた酒は、盃には戻らない。  ゆっくりと歩み寄り、彼のひとの肩を押せば、たおやかな身は抵抗もなく寝台に沈む。  頼りなげなその胸元に手を這わせ、薄い夜着をはだけていく。  現れた白く折れそうなほどに細い身体。  わき腹をするりと撫で上げる。 「んっ……は……」  鼻から抜けるような甘さを含んだ吐息が、欲望に揺さぶりをかける。  拒絶されてもなお、貴方に触れたいと願う浅ましい欲望。  白い首筋から薄い胸元へと、唇を這わせる。  吸い付いて痕を残すことはしない。  ただ、その滑らかな肌を辿るだけ。  己の散らした花びらが残る艶姿(あですがた)で感情のない瞳を向けられることに、耐えられるはずがないから。  何度肌を重ねても、その心に触れるどころか覗き見ることすら叶わない。  それも当然だ。  俺は貴方が本来あるべき場所を奪った。  誰よりも高くあるはずだった貴方の翼をこの手で刈り取って、どん底にまで叩き落とした。  そして見た目ばかりが立派な鳥籠に押し込め、その身を汚し続けている。  子どものようなわがままで。  この胸の痛みは、戒め。  決して忘れるなと、心臓に突き立てられた(くさび)。  どうか、どうか。  俺を、許さないでほしい。  (さげす)んで、(なじ)って、踏みつけたってかまわないから。 「……兄上」  貴方は、俺を赦してはいけない。
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