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一
雲に隠された満月の下、耳が痛いほどに静まりきった廊下を一人歩く。
目的地に向かって踏み出す足は重いのか、軽いのか。
奥へ、奥へと進んでいく。
その先にあるのは、豪奢な部屋……に見せかけた檻。
いくつかの部屋があるその空間は、設備が整えられており、そこだけで不自由なく暮らすことができる。
たった一つの鍵を使って中に滑り込み、内側から鍵をかけ直す。
最初に入った部屋には目もくれず、さらに奥へ行く。
一番奥まった部屋に設えられた寝台。
そこに腰かけている人物。
滝のように流れ落ちる翡翠の髪と、揃いの色の瞳。
絵に描かれた神仙のように、現実離れした美しいひと。
淡く浮かべられた微笑が、何物も映さない空虚な瞳が、その感情を読み取らせることを拒む。
心臓が軋むように痛い。
そんな資格など、俺にはないというのに。
この美しいひとに拒絶される理由をつくったのは、他ならぬ俺自身だ。
ただ、愛したいだけだった。
そして叶うことならば、愛されたかった。
今さら気付いたって遅い。
後悔したって遅い。
床に零れ落ちた酒は、盃には戻らない。
ゆっくりと歩み寄り、彼のひとの肩を押せば、たおやかな身は抵抗もなく寝台に沈む。
頼りなげなその胸元に手を這わせ、薄い夜着をはだけていく。
現れた白く折れそうなほどに細い身体。
わき腹をするりと撫で上げる。
「んっ……は……」
鼻から抜けるような甘さを含んだ吐息が、欲望に揺さぶりをかける。
拒絶されてもなお、貴方に触れたいと願う浅ましい欲望。
白い首筋から薄い胸元へと、唇を這わせる。
吸い付いて痕を残すことはしない。
ただ、その滑らかな肌を辿るだけ。
己の散らした花びらが残る艶姿で感情のない瞳を向けられることに、耐えられるはずがないから。
何度肌を重ねても、その心に触れるどころか覗き見ることすら叶わない。
それも当然だ。
俺は貴方が本来あるべき場所を奪った。
誰よりも高くあるはずだった貴方の翼をこの手で刈り取って、どん底にまで叩き落とした。
そして見た目ばかりが立派な鳥籠に押し込め、その身を汚し続けている。
子どものようなわがままで。
この胸の痛みは、戒め。
決して忘れるなと、心臓に突き立てられた楔。
どうか、どうか。
俺を、許さないでほしい。
蔑んで、詰って、踏みつけたってかまわないから。
「……兄上」
貴方は、俺を赦してはいけない。
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