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「パパー、こんな感じでいい? お花!」
「いいね。あとはお水をかけてごらん、喉渇いたのが潤うよ」
「はーい」
蝉が生命の証明とばかりに力強く鳴く中で、二人は墓参りにきていた。
額に汗をかきながら必死に墓石を磨き、花を飾り、妻の好物の甘味を添えた。
汗で前髪が張り付いた娘は達成感をあらわにした顔で笑う。
「ママ喜んでるかなあ!」
「ああ、きっとすごくね」
青空の下でふたり手を合わせた。男のこけた頬は、少しふっくらとしてきていた。
サイズの合わなくなっていたズボンは買い替えて身だしなみを整えた。そうでないと、「みっともないわよ」なんて妻に笑われることはわかりきっていたからだ。
墓石に掘られた名前を見つめて、男は微笑む。
本当は今でも君に会いたい。たった5分でも会えるなら。それが画面越しでも。
それでも、自分は画面の向こうよりこっちの世界に大切なものがあるから、会うのは厳しそうだ。せめてもの希望として宝くじだけは毎年買うことにするよ。
焦らなくたって大丈夫。いつかヨボヨボのじじいになった時どうせ会える。
そんな時また笑ってほしい。そして、「頑張ったね」と褒めてほしい。待っていてくれるかな、随分時間がかかると思うけどね。
これから先はちゃんと娘に全て捧げて生きていくから。もうこの子に、あんな嘘はつかせないよ。
「パパお腹すいたね!」
こちらを見上げる心優しい少女に笑いかける。
「ハンバーグ食べに行こうか」
「やったあ!」
「パパ大盛りにしちゃおう」
「えーじゃあ私も!」
「食べきれないだろ」
娘の小さな手を握った。暑さで少し汗ばんでいる尊い手だった。
そんな二人の会話が、夏の青空に消えていく。蝉はいまだ必死に鳴いていた。
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