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空は暗くなりみなが夢の中にいる頃。
小さな戸建ての家から泣き声が響いてきた。
甲高いその声は小さな子供の泣き声だった。
「ママに会いたい」
しゃくり上げながらそう言う娘を、男はしっかり抱きしめた。まだ小さな体は泣いているためかとんでもなく熱い。男は自分自身も泣いてしまそうになったのを必死に抑えながら、ただ繰り返し共感した。
「会いたいよなあ、会いたなあ」
切ないその声は、なんの力も発さないと彼は知っていた。
彼の妻が突然死したのは1ヶ月前のことだった。
まだ5歳の娘を残し、急性心筋梗塞で亡くなったのである。
車を運転している最中、自身の体調の異変に気づいた妻はすぐに車を停めて安全を確保した。そのまま一人、意識を失って死んでいった。
『周りの車を巻き込まずに安全を守ったの、あの人らしいわね』
葬式で親戚たちはそう泣きながら言った。
妻は、たいへん良くできた人だった。男は振り返る。いつも笑顔で優しさの塊と呼べる人で、自分には勿体無い人だった。大学時代、みんなから愛される妻に片想いをし続けて3年、玉砕覚悟で臨んだ恋が実った日には本気で部屋で踊り狂ったほど。
そのまま結婚をし娘を授かった。これ以上の幸せはないのだと男は思っていた。
「ママと、さよならも言えなかった」
「そうだなあ、少しでも会えたらなあ」
残された娘は甘えたい盛り、妻が死んでから毎晩のように泣きじゃくって男を困らせた。あまりに突然の死で、受け入れらていないようだった。
男はなす術もなく、ただ娘を抱いてぬくもりを分け合った。本当は自分も大声をあげて泣きたい。そんな気持ちを必死に抑えながら。
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