たった5分でも君と話したい

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 それから彼は身の回りの物を全て金に変えた。  妻の思い出の品だけを残し、自分のものはほとんど無くした。趣味だったゴルフも、大事にしていた時計も、全て彼は売りさばいた。  酒もやめた。それでも金になったのはほんのわずか、夜は娘を実家に預け夜間のバイトを始めるようになる。昼も夜も働き、彼はほとんど寝ない日を続けていく。  ただ一つ、娘にだけはひもじい思いをさせたくない。そう強く心に決めていた彼は、娘に対してだけはこれまで通り振る舞うように心掛けていた。可愛らしい洋服におもちゃ、娘が好きなレストランのハンバーグを食べにも連れて行った。だが、彼はダイエット中だと笑いながら一番安いブレンドコーヒーのみを口にして。美味しそうに食べる娘の姿だけで十分だった。  目に見えて自分の体が痩せていくのに気がついていた。以前妻が触りながら、「お腹が出てきたんじゃない?」と笑った腹は一瞬で凹み、きていたズボンはサイズが合わなくなる。  それでも新しいものは買わずにベルトで締めて無理に身に纏い続けた。全ては妻と再び会うために。画面越しでもあの笑顔をみるために。  男は必死に働いたのだ。  そしてあっという間に、2年の歳月が流れる。
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