たった5分でも君と話したい

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 預金通帳を見て、彼は絶望した。  昼も夜も働き、無駄なものも買わず生きてきても、自分の力ではそう簡単に金は貯まらなかった。あの5分の時間を買うのに、まだ倍以上の金額が必要だった。  はあ、とため息を溢す。ソファに力なく腰掛けた彼は、己の情けなさに悔しくてたまらなかった。  少し色褪せてきた家族写真を見る。たった2年、されど2年。あれほど愛した妻の笑顔は、写真の中の顔で思い出されることが多くなった。心に焼き付けていたたくさんの表情たちはどこへ行ったのか、なかなか思い出せなくなってきた。 「情けない……」  だいぶこけた自分の頬を触る。剃り残した髭が手に当たった。 「一体いつになるんだ、君と話せるのは」  問いかけても答えは聞こえない。ああ、これでは会う時、私たちだけが歳を重ねて君は若いままなのか。  男は目を閉じて顔を手で覆った。5分、5分の間何を話そう。  娘だって話したいことは多くあるだろう。妻だってあるだろう、一体何を伝えよう。言いたいことが多すぎてまとまらないな。  彼の平常心を保つのは、いつだって夢の5分の想像だった。その楽しみだけのために生きている。どうか、また私たちに笑いかけてほしい。天国は幸せだよと安心させてほしい。  君に、会いたい。
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