秒速7.6㎞の神様

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「世界遺産の○○神社が、宇宙ベンチャー企業と合同で世界発の宇宙神社を建立することを発表しました」 狭く日当たりの悪いアパートの室内に、場違いに明るいTVの音が響いた。 真島は濃く淹れすぎたインスタントコーヒーをちびちびと飲みながら、流しっぱなしのTVから聞こえてくる声に怪訝な顔をした。 「宇宙神社?」 何だそりゃ。 世の中には妙なことを考える人がいるものだ。そもそも初詣以外で特に神社も寺もいかない真島にとって、信仰は縁遠いものである。大体、宇宙につくったって誰が参拝できるというのか?宇宙船に乗れる金持ちだろうか。何となく気になって真島は心もち前のめりになって続きを観ることにした。 「宇宙神社って、どうやってお参りするんですか?」 アナウンサーが真島と同じ質問を神主にぶつけている。 「色々な方法を検討しております。地上でお願いをお聞きし、衛星に転送して祈願も可能ですし、アプリを使った参拝も準備しています。今までは神社に来て頂いた方のお願いを聞いていましたが、地上から遠く離れることで、わたし達がどこにいても神様は平等に皆様を見守ることができるようになるのです」 わかるようなわからないような。 見守るっていうのは説得力を感じる。けれど、アプリで参拝っていうのは気軽過ぎてご利益がなさそうにも思う。まあ最近は遠方の墓参りをオンラインでできるとかもあるから、案外受け入れられるのかもしれない。 もっと知りたいと思ったところで、ニュースはアメリカの新しい大統領の演説の中継に移ってしまった。真島はコーヒーを飲み干すのを諦め、シンクに置きっぱなしにしていた総菜の容器を洗いに大儀そうに椅子から立ち上がった。 ■■■ 「この宇宙神社が成功すれば、悩める衆生をより多く救うための新たな光となるだろう」 カメラの前では偉そうに言ってしまったのが悔やまれる。 ニュースが放映されてから、神社は以前の数倍もの人が訪れるようになった。 数百年の歴史を持ちそこそこの規模を誇るこの神社にしても、初詣の様子がニュースになる程有名な訳ではないので、慣れないカメラの大群に戸惑ってしまう。何でもない平日に人が列をなすなどここ数十年では初めてであった。 宇宙神社。 最初に話が出た際は冗談だろうと笑い飛ばしていたが、まさか本当に実現してしまうとは。神主は境内を掃き清めながら、ふうと小さく息を吐いた。経験したことのないマスコミ対応や参拝客からの質問責めには参ってしまうが、概ね好意的な意見が多いことにほっとした。罰当たりだとか、けしからんという声も勿論あるが、実のところ抗議の声の方が多いかと思っていたのでそれほど堪えなかった。 それにしても。 「問題は、どの神様を乗せるかだなあ…」 我らが神社には寺院でいうなら御本尊といえる神が勿論いらっしゃるが、神様の像というのは仏像とは違いそんなに多くないのだ。万一失敗するかもしれない一方通行の宇宙への旅路に、創建当初から大事に守ってきた神像を乗せるというのは些か怖い。系列神社からも募集をかけているが、興味は示しても神社秘蔵の神像を譲ってもいいという声は皆無に等しい。いっそ新しくつくるという案もあるが、それはそれで難しい。打ち上げはまだ先だが、いつまでも見通しを立てない訳にはいかない。神主は人気のない林の中に入ってから、今日10回目を超える溜息をついた。
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