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「レプリカはどうですか?」
近隣神主たちの会合で真っ先に話題に出たのは、勿論宇宙神社の件である。
誰もが口を濁す場で、最近遠方から赴任してきたという若手の筆頭が声を上げた。
「流石に偽物はまずいだろう」
「偽物ではないですよ。御本尊と寸分違わぬ精巧なレプリカを作ってもらい、現身として宇宙から見守って頂くのです」
纏まらないかと思った神像の件は、意外なところから突破口が見えてきた。
「皆さんが一番心配されているのは万一の事故なのでしょう。ですから、レプリカであれば貴重なご本体が失われることはありませんし、本物と遜色ない出来であればご利益が薄いなどと言う人もそこまで居ないでしょう。下手に本物を出してきて事故が起こったり、どこにでもあるような適当な像を持ってくるよりよいのではないですか?」
議論は紛糾しつつも、徐々に若手の言い分に納得する者も増えてきた。わたしとしては、信者と世論が良いのであれば別に構わない。神社は、いや宗教は、信者と世論によってその存在を許されるものだ。結局広く意見を募るということで、レプリカ案は据え置かれることとなった。
■■■
「真島さん。宇宙神社って知ってますか?」
月末の納期が終わりようやく定時で帰れると気もそぞろになっていた午後4時。営業先から帰ってきた後輩の櫻井が席に座りながら話しかけてきた。
「それ。有名なの?俺はこの前ニュースでちらっと聞いただけだからよく知らないな」
「話題になってますよ。確かに面白いですよね。宇宙に神様を飛ばすなんて、ロマンがあるっていうか。でも地球の上空を高速で移動する神様って想像してちょっと笑っちゃいました」
「信者に怒られるぞ。まあ、俺は信心とかないからいいけど」
櫻井はからからと笑いながら上着を脱いだ。あと2時間弱で退勤時間だが、もうやる気が起きない。真島はパソコンを起動する櫻井の横顔に話しかけた。
「営業先でもそういう話出るの?」
「ええ、今日は先方がその話題を振ってきたので。ニュース観ててよかったです。なんでも衛星に載せる神様を巡って議論が巻き起こってるみたいで。貴重な神像とか神社の御本尊を飛ばして万一事故が起きたら恐ろしいっていう話と、適当などうでもいい像を選んだら意味がないっていう意見と色々出ているそうで。有力なのは国宝に指定されている有難い御本尊の精巧なレプリカらしいですよ。御本尊の現身ならいいだろうということで」
そんなけったいな話題を本気で考えている人が案外多いのか。真島は半分呆れながら櫻井の饒舌を聞いていた。
「詳しいな。向こうが喋ったのか?」
「そうなんですよ。お客さんのとこが今毎日その話題ばっかりだそうで。お爺さんの代から付き合いのある神社が、例の宇宙神社の系列なんだそうです。結局今日はほとんど商談ができませんでした」
そういう櫻井に別に焦った様子はない。
こいつは営業成績がいつも真ん中より上だし、客と信頼関係を結んでおくほうが後々よいのだろう。俺は社交的なところが全然ないから端から無理だ。営業などやったらきっと最下位だろう。仕事に戻った櫻井から視線を外し、真島はまだ1時間半残っている時間のつぶし方を考えながらデスクに向かった。
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