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「とうとうこの日が…」
神主は一睡もできず重くなった瞼を擦り、衛星打ち上げの瞬間を目に焼き付けようと発射場で背筋を伸ばしていた。
結局、若手の案の通り衛星には御本尊のレプリカを乗せることになった。
信者とも根気強く話し合い、世論調査を何度も行い決めたことだ。神様に聞くことはできないが、危険な旅路に自身が出ることにならないのにでほっとしているのではないだろうか。
ロケットの発射など、茶を啜りながら偶にニュースで流れる映像を観るくらいしかなかったが、当事者になっていると凄まじい緊張感だ。成功したとき、技術者たちが立ち上がって抱擁し、喜びを分かち合うのも分かる。失敗するなど思っていないが、発射を待つ間気が気ではない。手汗がにじみ、意味もなくうろうろ歩いたり背を伸ばしたりしながら待っていると、作業服を来た技術者がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「あの、神社からお電話が来ておりました。携帯が繋がらなかったようで。来てもらえますか?」
「ああ、すまない。すぐに向かいます」
神主は慌てて荷物を探るが、携帯はマナーモードにしていたので気がつかなかったようだ。技術者の案内に小走りで着いていき、事務所の電話をとった。
「どうした。もうじき打ち上げだから後にしてくれないか」
開口一番告げると、自分の代わりに神社で待機していた古馴染みの神官が狼狽えながら口火を切った。
「あの…。神像が、入れ替わっているみたいです」
は?
一瞬理解が追いつかなかった。いままさに打ち上げられようとしている神像は、神主自らが検分して容器に収めたのだ。そもそも、神像はマスコミの前でレプリカと並べてその精巧さを宣伝した後は、いつもの台座に戻している。流石に何十年と見続けた神像を間違いはしない。
「何を言っている?わたしが何度も確認したのを知ってるだろう」
「でも違うんです!御本尊は右足のくるぶしの辺りの裾に小さな傷がありましたよね。それがないんです。しかも古色は多少ついてるとはいえ、細かく見るとやっぱり新しいんです。ーいま写真を送りますから、確かめてください!」
神主は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
電話を切り、事務所を出て外で一人になったのを確かめてから受信したメッセージを開いて凍り付いた。
なんてことだ。
そこに映っていたのは、紛れもなくレプリカだった。
急いで止めなければと発射場へ走ったところ、係員が大きく手を振るのが見えた。
「よかった!もう打ち上げですよ。間に合わないかと思いました」
満面の笑みに何も言えず顔を引きつらせる。それでも止めなければと係員に近づいたところ、地を震わせる轟音が辺りに鳴り響いた。
つきぬけるような蒼天を、ロケットが切り裂いて飛んでいくのが見えた。
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