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薫と隼人の場合 1
この話は、二組の夫婦がお互いに第二子の出産を機に家を購入したところから始まる。
建売の、全く同じ間取りの家で隣同士となった三浦家と古賀家。年齢的に近かった夫婦は、お互いの長男が幼稚園児であったこともあり、すぐ家族ぐるみの付き合いとなった。
三浦家の長男、智明と古賀家の充彦は幼稚園でも自宅でもとにかく仲良くしていて、喧嘩することなくいつも元気。その後生まれた三浦家の次男、薫と古賀家の隼人は大人しい二人。そんな息子たちの、お話。
***
「ハヤー。待ってよ!」
鞄を抱えながら走る薫。その先に歩いているのは、学ランを着た隼人だ。呼び止める薫の声を無視して、そのまま歩いていく。ようやく薫が追いついて隼人の鞄をグイと引っ張った。隼人は引っ張られた方を向き、深くため息をついた。
「俺は何度も連絡したんだからな。一緒に朝練行きたいから早く起こせって言ったの、薫だろ。なのに、中々家から出てこないし」
引っ張られた鞄を奪い返す隼人。そうだけど、と薫はモゴモゴと口を動かした。そのまま二人は歩幅を合わせて朝の空気を感じながら、高校へと急ぐ。
隼人の所属するサッカー部の朝練を見たいといい出したのは薫。薫は美術部に所属しているので、基本朝練はない。隼人の部活を見るためだけに早起きしたのだ。何のために朝練を見るんだ、と隼人に聞かれて薫は臆すことなく『かっこいいハヤを見るため!』と言ったので、隼人はため息をついた。
薫は幼馴染の枠を超えていつも隼人にべったり。隣に住んでいるというのに、さらに朝練まで見に来るなんておかしいだろ、と隼人は薫を見た。
三浦薫と古賀隼人は隣の家に住む幼馴染。小さい頃からお互いの兄も交えて一緒に遊んでいた。兄弟の歳は離れていたが、薫と隼人は一歳違いだったのでいつも一緒。今ほど元気いっぱいではなく、人見知りが激しかった薫を、隼人は手を引っ張りリードしてくれていた。そんな隼人が薫は大好きだった。
薫が隼人に対してただの幼馴染としての感情を超えていることに気付いたのは、中学生のとき。思春期を迎えて隼人がまとわりつく薫を嫌がった時期があり、そのときに薫は心底落ち込んだ。隼人の横に居られないなんて、と大泣きして、兄たちが困っていたのを、今でも薫は覚えている。さすがに隼人も申し訳なく思ったのか今まで通り、一緒にいてくれることを約束した。薫はその時に気が付いたのだ。誰にも隼人を渡したくないという自分の気持ちに。
サッカー部の朝練が始まり、その様子を薫はグランドの片隅でスケッチブックを広げながら見ている。手に鉛筆を持ち、朝練の様子を、描いていた。その中心には隼人がいる。真剣な表情の隼人に薫は見惚れていた。学年が異なる隼人と校内で会えることはほぼない。いつだって隣にいたいのに、学校では無理だと悟った薫はこうして朝練を見学することを思いついた。そしてスケッチブックに記録していくのだ。自宅で二人でいる時も、ゲームに夢中になっている隼人の横顔をスケッチしたり寝顔をスケッチしている。写真を撮ればいいのだが描きたい、と思うのは美術が大好きな薫にとって自然なことだった。
(んー、今日もカッコよく描けた!)
薫はご機嫌に背伸びした。
土曜日の昼。
「たくさん描いたねぇ」
隼人の兄である充彦は薫のスケッチブックを見ながら呟く。父親から頂き物の林檎がたくさんあるから、隣に持っていってくれと頼まれた薫。隼人は不在で、そのかわり充彦が在宅していた。土曜日の昼間にいるなんて珍しい、と薫が言うとその綺麗な顔を向ける。
「今日は昼から現場入りなんだ。そろそろ行かなきゃ」
切れ長の目にスッとした鼻。目尻の黒子が色っぽい。銀色の長めの髪を結えている。男性のファッション誌にも載るほどのモデルとして活躍している充彦。小さな頃から見ていたミツくんがこんなになるなんて、と未だに不思議な感じがする。どこか色気のある充彦に対して隼人の顔立ちはかなり異なっていた。細い目に少し三白眼で、睨みつけるような癖があるので人によっては怖い、と思われるようだ。髪型はスポーツをしているため黒髪の短髪。小さな子が充彦には懐くのに、隼人には全く懐かない。十人いたら八人は充彦に懐くだろう。それでも薫は少数派の方だ。たまに見せる笑顔や、拗ねる顔に何年一緒にいてもドキドキしてしまう。
「ハヤは幸せものだね、こんなに好かれてさ」
スケッチブックを薫に返して充彦はニヤニヤしながらそう言った。
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