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(はじめに書いた方)
『
青い閃光が空を切る。
音もない切っ先は敵の翼を一刀両断した。
凄まじい咆哮がドラゴンの口腔から迸る。
勇者たちはとっさに防護壁を展開し、咆哮による衝撃波を弾き返した───
』
「なぜ物語を書くの」
僕がノートの上でペンを走らせていると、君は上半身を捻るようにして後ろを振り返った姿勢で頬杖をつく。
なぜ、と君は口にするが、そこにはあまり興味の重みが無さそうに聞こえた。
「書きたいからかな」
「作家になりたい、とか」
「なれたらまあ…… 楽しそうだけど。僕はあまりそこを目指してはないかな」
「じゃあ」
「星を見るのに」
僕と君の声が重なった。二人でお互い顔を見合わせたが、君は頬杖の手をひらりとこちらへ差し出す。
では、と僕は続けた。
「星を見る人が、すべて天文学者になりたいと思ってるわけではないでしょ」
「ふうん……」
納得したような、してないような。「じゃあ、」
君は先程と同じ言葉を口にするが、どうやらその先は違うようだ。
「何を見ているの」
「…… 『僕』、かなあ」
僕は、きっと(分からないけれど)何かに怒っているのだと思う。
形も掴めない、意味のある言葉にもならない、何に向けているのかも分からない、そういう酷く曖昧模糊な怒りが、ずっと腹の底でぐつぐつと煮えているのではないかと、思うのだ。
怒りと表現してしまったのだけど、それが正しいのかさえも、分からない。(もしかしたら悲しいのかもしれないし)
僕は何者で(そりゃ人間で、男で、日本人で、学生なのだけど)、何を考えていて(ご飯のことだったり、勉強のことだったり、次の展開のことは考えてるけど)、何に怯えているのか(先のことは変わっていくものだ)、ぜんぶが形を成しているようで成していない、曖昧なのだ。
曖昧なくせに、限りなく明確に『僕』だ。これは僕にしか分からないことなのだ、誰も有効打となるヒントさえも持っていない。
僕は、僕にしか理解できない。(これほど曖昧で難解なものは、世界でただ一つだろうに)
「なんか、そんな感じなの」
「それで物語を書くことにつながるのが分からないんだけど」
「形を変えてるだけだよ。
問題が分からないとき、図に起こしたりするでしょ」
ああ、と君はやはり納得したのだかしてないのだか。
「図ぅ???」
僕のノートを眉根を寄せて、おまけに顔も寄せて覗き込む。
邪魔、と顔を退かした。
「君には分からないよ。僕じゃないもの」
「ははっ」
笑う君の声はひたすらに嘲笑している。僕に分からなければ、誰に分かると言うんだ、と言いたいんだろう。
顔を上げると、君の姿はもうそこには無い。
書き手は一番はじめの読者だ。
僕は僕に向けて物語を書いている。僕が何を考え、どんな人間で、どのように夢を見ているのか。
一言では、直接には、説明するにはあまりに難解で、表現しきれない。
君はきっと(僕になんか分かりっこないが)自分が何者か分からなくて怒って(泣いて)いるんじゃないのか。
強がって僕を嘲笑っているけども。本当はずっと、誰にも分からず自分にしか解けないが途方も無い数式の前に、たった一人で震えて立ち尽くしているんだろう。
援護射撃には心もとないだろうが、メモの一つにでもなれたらいい。
僕から連綿と続く僕が、この物語を見て、数式の一欠片でも紐ほどけますように。
一人で震える僕の慰みになりますように、と。
僕はペンを取る。
(了)
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