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誰かのために物語を書いたことは無かった。
「先生のお話を読んで、私も夢に向かって頑張ってみようと思いました」
先生と読んでくれてはいるが、商業作家ではない。同人誌の頒布会で、僕の本を読んでくれたらしい女の子がニコニコと声を掛けてくれた。
僕の話のどこを読み頑張る気持ちが芽生えてくれたのか定かではなかったが(聞いたら教えてくれただろうか、しかしそこまで踏み込むのも気が引ける)、自分の作ったもので誰かを勇気づけられたというのは、クリエイターにとって一つの本望であろう。
君の夢が何かは分からないが、「ぜひ頑張ってほしい」と僕は彼女に返した。
僕は、他の作家のように読んでくれる人のために物語を書いたことはない。
口性のない人は「じゃあ黙ってフォルダに突っ込んでろ」などと言うが、誰かのために書くことと読んでもらいたい気持ちは別の話である。(たぶん身勝手だって言いたいのだろうな)
「身勝手結構じゃないか。別に強制的に金銭を取ってるわけでもない。
好きでお前の本を手に取っているのだから。それで相手が良いなと思ったら、嬉しいことは嬉しいでいい」
「不愉快になりました、て言われたら」
「しょんぼりすれば」
「なるほどな」
一理ある。
すべての責任を書き手が負う必要は無いのだ。相手のリアクションにすべて敏感にならないでよい。
「書いている人間だって好きで書いているんだ。書き続ける理由がある」
相方の言葉を聞きながら「そうだなあ」とのんびり頷く。
サンプル本を手に取った少年は、そのままページを伏せて通り過ぎた。
***
夢に向かって頑張ってみようと思いました。
と、言われて嬉しくないわけがないが、誰かを勇気づけようと思って書いたわけではなかったので、こそばゆいような、居心地がもにょもにょするような感覚がある。
「まだそれを考えてんのお前。気にしいなやつだな」
「真面目なもんで」
「ただの神経質なだけだろ」
「もう自分で自分を慰めるしか無い」
どうやら相方は優しい言葉を掛けてはくれないようなので。
「気にすんな、楽に行こうぜ、創作たのしい笑、とか言ったところでお前は気にするだろ。
そういう言葉よりもお前の場合は明確な解決策の方が有効なんだよ」
「やだこの人、ちょっとこわい」
「っつかれっしたー」
「待ってすみません、待って」
よいしょ、と売り残れの箱を抱えた相方のジャケットを縋るように掴んだ。
このままではご飯も美味しく二杯しか食べれない。
「聡明で秀麗な相方様、僕に明確で具体的な解決策をください」
「もう少し豊富な語彙は無かったのか」
「欲しがるじゃん……」
ググろうかと思いもしたが、相方の方が飽きたらしい。
持っていた箱を置き、再びパイプ椅子に座り直した。撤収時間もあるので、ここで短期決戦と決め込んだのだろう。
「そんな難しいことじゃないだろ。なんでペンを持ってるのかって話じゃん」
「創作たのしい笑」
「はい解決」
「待って、もうちょっと欲しい」
「欲しがるじゃん」
きれいにカウンターを決められる。頭の回るやつだ。
相方は「いやまあ、だからこれだろ」とちょっと呆れ気味に言うのだ。僕にはさっぱり見当もつかないわけだが。
眉を寄せて顎に手を当てるまでして、ようやく相方が僕の察しの悪さに気づいたようだ。
「解釈されたいんだろ、お前は」
「かい、しゃく」
首を切る方ではないと念を込めて相方は言うのだが、それくらいは分かってる。
ああもしかして、ド糞酷い批評を食らって死んでおけって意味だったりしたのかいやまさか。
「お前は欲しがりだから、認識されるだけじゃ満足できない。
誰かに解釈されたいんだよ、称賛でも批判でもなく、分析されたい、自分の知識解釈では追いつかない場所まで丁寧に解説を付けて目の前に並べられたいんだろ、変態め」
「えっちょ、いや、最後の要る???」
すっげ余計なもんが付いてきた気がした。
うざったそうに相方はひらひらと手を振って、そうして席を立つ。時間が来たってことだ。
「もうほんと、お前のそういうところ、ほんとにさあ、俺どんどんお前のこと詳しくなってくから自分が怖い」
「良い相方を持ったものだ」
「ありがとうは?」
「ありがとうございました」
はい、と相方は頷いて再び箱を持ち上げた。
相方の回答は、確かにいつでもしっくりと腹に落ちる。だから僕も甘えてしまうところなのだが。
解釈をされたい。
称賛でも批評でも、あるいはそのどちらを含んでいてもいいから、僕を分析してほしい。
僕は何を考えて物語を作っているのだろう、僕は何者なのだろう、僕は。
僕はなんの夢を見ているのだろう。
僕が僕を見ることは限られている。僕の発想の中でしか僕を語ることは出来ない。
だから、全く別の脳がほしいのだ。(そうしてそれは、例えばこの相方)
物語はその手段の一つだったのかな。
「承認欲求を満たされる。理由の一つだろう、確かに。
何物にも代えがたい癒やしだ」
お前の場合、承認のもう一つ向こうくらいに欲求がありそうだけど、と相方は呆れている。
癒やしか。何から癒やされているんだろう。
相方が答えないので、僕はうーんと悩んで、
「孤独かな」
「ああ、お前らしい考えだな」
「え、どういう意味」
「いやもう、今日は終わり!」
分析を望んでしまった僕に、相方はぶった切るように終了させてしまった。
(了)
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