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毎年もらえる前提なのが図々しい。が。
「生チョコを貰ったら、先輩は嬉しくなりますか」
しばらく考えた後、先輩はどこかはかなげな笑顔を浮かべる。
「うん、それはもう、とびきり」
生チョコごときで大げさな。けれど私の体は、先輩の指先が当たった右手の小指から溶けてしまいそうだった。
というわけで、放課後ゴングは鳴り響く。
陸上部の先輩の帰りはいつも最終下校時刻ぎりぎりだ。私に残された時間は――三時間。三時間の間に、世界一美味しい生チョコを作らなければならない。
学校の近くのスーパーで、明治の板チョコを三枚、生クリームを一パック、牛のパッケージの無塩バター、それから粉砂糖を買った。調理室を占領する私を沢山の玉ねぎたちが取り囲んできたが、私はそれを全て無視し、対応・後処理を友人に任せる。
チョコレートを溶かしている間は先輩のことを考えていた。溶かして混ぜて固めるだけなんて、誰が作っても一緒だと思ったから、気持ちだけでも私が一番になってやろうという魂胆だ。
先輩は、かっこよくて、バカで、やさしい。私がどれだけ意地悪なことを言っても私のことを嫌わないでくれる。大好きだ。中学生のころからだ。私は、先輩と付き合えたら、世界で一番幸せになれるだろうな。
生チョコを冷蔵庫で固めるまでの一時間、私は何度も何度も冷蔵庫を覗いた。
「どうしたの」
白い吐息がはっきりと闇に浮かび上がる頃。先輩が部室の鍵を返しに来るのを教官室の前で待ち伏せした。教官室の前にはお皿の上の生チョコと、虫取り網を持った、私がいる。
「罠です」
「罠? つかまったらどうなるの」
「一生愛してあげます」
「お」
「なんちゃって」
面食らった先輩の顔に耐えられず、余計な一言を口走る。先輩は、私を通り過ぎて部室の鍵を返しに行く。
「先輩が、生チョコを食べたら嬉しくなるっていうから、幸せにしてあげようと思って」
「うん、ありがとう」
ひょい、と先輩は生チョコを摘まみ、口に含む。「おいしい」勢い余って頬から溶けそうなほどの笑顔を私に向けた。
「あ、でもこれ、後輩の髪とか爪とか血とか入ってない?」
「私を何だと思ってるんですか」
「だって俺のこと好きでしょ」
今度は、私が面食らった。ぽかんと開いた口が塞がらない。
「知ってるよ、四年前からね」
まじか。
無理やり口の中に生チョコを押し込まれる。甘すぎて吐き出したくなったけど、たまには悪くないと思った。
【おしまい】
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